前回より続く

 Al合金は溶接できっこないと,あきらめかけていたときのことだった。帰宅した雨堤氏は居間で横になりながらテレビをつける。「何か面白い番組はやってないかな」。リモコンでチャンネルを変えていくと,道路をさっそうと走るスポーツ・カーが目に留まった(図3)。本田技研工業が発売した「NSX」だ。どうやら,NSXの開発物語を紹介しているらしい。

図3 ボディがAl合金でできているスポーツ・カー
本田技研工業のスポーツ・カー「NSX」である。偶然見たテレビ番組から,このNSXのボディがオールAl合金製で,レーザ溶接で組み立てられていることを雨堤氏は知った。(写真:本田技研工業)

 雨堤氏は車に興味がないわけではない。だが,しばらく見ていると眠くなってきた。電池の外装缶とフタのことで,精神的に疲れていたのだろう。だんだん意識が遠ざかっていく。そこへ突然,こんなナレーションが耳に飛び込んできた。「NSXのボディはオールAl合金製注1)。レーザ溶接という方法で組み立てられました」。

注1) NSXの車両重量は1350kg。Al合金ではなく,鉄製だったら1550kg程度になるといわれている。ボディだけの重量は210kgで,鉄を使う場合に比べて140kg軽くできたという。価格は800万円と高かったが,発表当初はかなり話題となり,写真集やビデオなども登場した。

 雨堤氏は飛び起きた。「えっ,いま,何て言った? Al合金? レーザ溶接?」。 画面を見ると,レーザ溶接機が火花を散らしながらボディを溶接する場面が映っている。あたふたとテレビのボリュームを上げ,画面に見入る。「あった,あった。Al合金を溶接した例があった。Al合金は溶接できるんだ」。

 興奮覚めやらぬまま,雨堤氏は布団にもぐり込む。目を閉じると,NSXのボディを溶接する場面と,電池の外装缶とフタを溶接する場面がダブって浮かび上がってくる。その晩は,なかなか寝付けなかった。

やはり難しいかな

 次の日,雨堤氏は出社するなり実験室に入り飛び込んだ。実験の準備を整える。そのうち,しだいに冷静な自分が戻ってきた。「やればパッとできるというものではなさそうだ」。

 確かにNSXではAl合金ボディをレーザ溶接で組み立てている。しかし,雨堤氏が考えている電池の外装缶とフタの溶接とはかなり違う。NSXの場合,溶接個所は連続的につながっていない。ポイントごとに間隔をあけて溶接していくのである。