前回より続く

 実験室に戻った雨堤氏の耳には,彼らの言葉がこびりついて離れない。「電池パック・ケースを少しでも軽くするために穴を開けた」。

 それほど軽量化の要求は厳しいのか。それほど電池は悪者扱いされているのか。そう思案をめぐらせているうち,雨堤氏はある記事の存在を思い出した。「そういえば,あれにもずいぶんなことが書いてあったよな…。確かとっておいたはずだけど」。

 雨堤氏は机の上に並べてあるいくつかのファイルを探し始めた。そして,そのなかから1冊のファイルを取り出し,挟んであるコピーをパラパラとめくり出す。「あった。これだ,これだ」。雨堤氏が取り出したのは,1年前に発行された「日経エレクトロニクス」のコピーである。

 その号の特集は「電池:電子機器の“重たい”課題」というもの(図3)。1年前,回覧で雨堤氏の手元にこの雑誌が回ってきたとき,ざっと目を通し,コピーしておいたものだ。

図3 雨堤氏が読み返した雑誌
図3 雨堤氏が読み返した雑誌
1989年3月20日号の「日経エレクトロニクス」である。22ページにわたって,「電池:電子機器の“重たい”課題」と題する特集が組まれた。(写真:柳生貴也=本社映像部)

 それをもう一度,丹念に読み返してみる。「電池は使いこなそうとするとやっかいな特性が多い,開発のトレンドがよめない,重い――」注3)。電池技術者にとって,耳の痛い指摘が次々と出てくる。これを最初に読んだときは,「また電池を悪者扱いにして」と,感じたものだ。しかし改めてこれを読み直してみて,こうした指摘こそがユーザの偽らざる叫びだったことに気付いた。技術者たちが恐る恐る電池パック・ケースに穴を開けている姿が目に浮かぶ。

注3) この特集は3部構成で,特に2部の「応用動向」で電子機器設計者からみた電池の扱いにくさをまとめている。たとえば, 「電子機器設計者にとって電池は悩ましい部品」と題したイラストでは,設計者が苦悩する姿を描いている(右図)。キャプションには「電池は幼いころから身近な部品だった。しかし,いざ本格的に使おうとすると,検討項目や制約が多い」と書かれている。(イラスト:まつもと政治)

 コピーをすべて読み終えたとき,彼の心の中には闘志が満ちあふれていた。「よくわかった。何がなんでも,軽い電池を作ってやろうじゃないか。携帯電話機メーカにも,日経エレクトロニクスにも,ひと泡吹かせてやる」。

まずは外装缶を軽く

 それから数日間,雨堤氏はひたすら考えた。

 携帯電話機で使う電池は円筒型ではなく角型である。この方が,機器内でのスペースを有効的に使える。しかし,角型にすると,電池重量のうち外装缶が占める割合が円筒型に比べて大きくなる。内圧に耐えられるように,円筒型よりも肉厚にしなければならないためだ。