前回から続く)
プロト・フライト・モデル
小惑星表面探査用小型ロボット「MINERVA」のソフトウエア開発には,プロト・フライト・モデルを利用した(写真:齊藤哲也)

 2000年12月。アイ・エイチ・アイ・エアロスペースの齋藤浩明に残された時間はわずかだった。つい数週間前,米National Aeronautics and Space Administration(NASA)は,小惑星探査機「はやぶさ」に搭載する予定だった探査ロボット「MUSES-CN」の開発を断念した。これで齋藤らが手掛ける「MINERVA」がはやぶさに載ることは,ほぼ確実になった。

 次なる節目は,2001年3月に控えるはやぶさとの合同試験である。それまでに,MINERVAの PFM(プロト・フライト・モデル)を仕上げなければならない。ところが開発は暗礁に乗り上げていた。気温が下がるとカメラが動作しなくなる不具合が直らない。

 齋藤は,カメラ・モジュールの開発に携わった技術者を一堂に集めて打開を図る。これが当たった。議論の中から,不具合の元凶がいぶり出された。突破口を開いたのは,FPGAメーカーの技術者の意見である。USBインタフェースとマイコンのバスをつなぐ変換回路に使ったFPGAの設計に難があるのでは。この指摘は正鵠せいこくを射た。程なく設計にミスが見つかった。

 それでも齋藤は胸をなで下ろせなかった。カメラの問題はほかにもあったのである。レンズと撮像素子の位置関係を保持する樹脂製のハウジングが,100℃ で変形してしまう。そのままでは宇宙で使えない。実は,カメラの温度試験をした1999年9月の時点で問題があることは分かっていた。ただし,限られた時間の中で他の課題を優先せざるを得ず,この点の解決は後回しにされた。齋藤は,金属製のハウジングを一から設計し直さなければならなかった。ソニーに設計図を開示してもらえなかったからである。齋藤はソニーに何とか頼み込み,ハウジング付きのレンズを30個ほど譲り受け,外部の企業にリバース・エンジニアリングを依頼した。

民生品の常識は宇宙の非常識

 同月,齋藤はさらなる難問に直面する。度重なる試験に使った結果,ソニーから供給を受けたカメラ・モジュールだけでは数が足りなくなってしまった。齋藤は東京・秋葉原の電気街に立ち寄り,同じモジュールを組み込んだ市販品「PCGA-VC1」を2個購入する。ところがこのカメラでは,MINERVA専用のドライバが全く使えないことが判明した。内部のLSIが更新されていたのである。