はやぶさとMINERVA
小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星にタッチダウン(着陸)する様子を表した想像図。右下には,はやぶさよりも一足先に小惑星表面に着陸した小惑星表面探査ロボット「MINERVA」が描かれている。(イラスト:池下章裕-MEF-JAXA・ISAS)

 2005年11月13日の夜。自宅にいた齋藤浩明は,電子メールに添付された写真を見て喜びの声を上げた。白黒の画像に映っているのは,数本の白い電力計装線が走る,太陽電池パネルだった。背景は真っ黒。漆黒の宇宙空間である。

 およそ3億km彼方の光景をフレームに切り取ったのは,直径120mm,高さ100mm,重さ591gのちっぽけなロボットだった。画像を撮影して10 数時間後,ロボットとの交信は途絶えた。齋藤が写真を手にした時,既にロボットの姿は虚空に消えていた。

 11月13日の朝刊各紙には「小惑星探査機はやぶさ,観測ロボットの投下に失敗か」の見出しが躍った。齋藤の目には,「ロボット」「失敗」の文字が強烈に焼き付いた。しかし齋藤の心は,この言葉を頑として受け付けなかった。「失敗じゃない。失敗じゃないんだ」。その何よりの証拠が,齋藤に届いた一枚の写真だったのである。

一枚の写真
いわゆる親機に相当する小惑星探査機「はやぶさ」が子機に当たる小惑星表面探査ロボット「MINERVA」を放出した直後に,MINERVAが撮影した画像。はやぶさ本体の太陽電池パネルが映っている。80×160画素。写真は宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部が提供

宇宙空間の民生部品

 ロボットの名は「MINERVA」。Micro/Nano Experimental Robot Vehicle for Asteroidの略称だ。もちろんこれは語呂合わせである。名付け親の宇宙科学研究所(現・宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部)教授の中谷一郎が,ローマ神話の女神,技術と工芸をつかさどるミネルバを,意識しなかったといえばウソになる。

 21世紀のミネルバは,フクロウを携える代わりにハヤブサにまたがり,自ら大空へ飛び立った。