私は再三,CADのことをCopy Aided Designと揶揄やゆしてきたが,このことが設計現場に実に深刻な問題をもたらしている。流用設計が跋扈ばっこし,創造設計が極めて珍しくなってしまった点だ。実際,私が指導してきた一流企業でさえ,創造性を発揮し設計している設計者はほとんどいない。このままでは,我が国のものづくりの行く末が案じられる。

 それにしても,なぜそうなってしまったのか─。原因はやはり,需給バランスと競争力に求められると思う。時計の針を20~30年戻すと,当時の市場には旺盛な需要があった→供給すれば売れた→工夫しなくとも商いが回った。これがご承知の通り,バブル経済を生んだ。このサイクルの中で,企業はブクブクと太り,体内に多くの病巣を抱えてしまった。そしてバブル経済が崩壊すると,それらが大きな後遺症となって企業を苦しめたのである。

 筋肉質の健康体に戻りたい─。企業は努力するも,まだ足りない。それはどこか頭の片隅で,あの懐かしき良き時代をもう一度と,はかない夢を見ているからなのかもしれない。しかし,そんな時代がよみがえるわけなどない。かくて,日本が夢にうつつを抜かしている間に,BRICsやASEANの新興国が急追。需給面でも競争力の面でも日本に追い付き追い越しつつある。残念ながら,これが現状だ。

VEを知らない幹部たち

 こうした厳しい状況下で,あらためて「勝つものづくり」の条件を考えてみたい。一つは,ユーザーに受け入れられる,他社にないオンリーワン商品を造ること。もう一つは,世界一安く販売でき,かつ利益が出る商品を造ることだ。この二つの条件を同時に満たせば,万全。どちらか一つの条件でも,絶対的優位性が発揮できれば,ほぼ間違いなく勝てる。

 では,絶対的優位性はどのように確保すればよいのか。オンリーワン商品の場合は,知的財産権の保護などによってコピーを防ぎつつ,さらにユーザーに一定期間受け入れられるように設計する。世界一安い商品の場合には,「負けないコストテーブル」の下でものづくりを遂行する。前者はまさに,VE(Value Engineering)の世界だ。私は,VEの適用の仕方で勝負が決まると思っている。一方,後者は一見,設計力〔MD(Modular Design)や共通化など〕や生産技術,製造技術の世界だが,実はここにもVEが関与する。VEを適用するか否かによって,競争力は大きく変わってくるのだ。

 以上の私の論説に対し,ピンとこない読者の方もあろう。もしそうだとしたら,それは真のVEをご理解いただいていないからである。

 VE,VA(Value Analysis)という言葉が日本に入ってきてから半世紀余りがたち,今では多くの企業の幹部が「VA/VE」「VA/VE」 … と唱えるようになった。このこと自体は喜ばしいのだが,最高学府を卒業したエリート幹部たちの多くはその実,VA/VEを一度も実践したことがない。VA /VEの味も本質も知らないまま,収益に困ったときに神頼みのように唱えているだけなのだ。

 この構図,どこかで見たような…。そう,QCサークルである。QCサークルの経験のない幹部が「QCサークル」「QCサークル」と連呼する構図と同じである。私はこれを「未経験者のやらせ」の構図と呼んでいるが,こうした現場から乖離かいりした幹部のまずい姿勢が日本のものづくりを壊しつつある。

 経営の専門家がものづくり企業のトップに就く欧米とは異なり,日本のものづくり文化はトップを筆頭に,経験に根差したものだった。ところが,だ。日本の技術者は最近,なぜか,現場・現物・現実に接しようとしなくなってしまった。結果,日本の強みである経験の部分が弱体化してきたのである。

 VA/VEでもQCサークルでも,そんなによいと思うのなら,幹部が自ら率先してやってみたらいい。私は,指導先の現場でこう言い続けている。実際,ある会社の幹部に,「役員会のメンバーでQCサークルを組んでみたらよいではないか」と勧めたら,現場・現物・現実に接しようとしない彼らは案の定,尻込みして実行しなかった。

 ここで強調しておくが,VEは若手や新人の教育ツールではない。勝つ商品創りのためのツールである。だからこそ,第一線のエキスパートが実行すべきなのだ。彼ら自身がこのことに気付き,重い腰を上げないといけないのである。

VEはCRか

 経営幹部がVEに何を求めるか─。本音は単純だ。「コストを下げてくれ」であって,決して「競争力のある商品を創ってくれ」とは言わない。これでマネジャーかと,その資質を疑いたくなる。

 コストを下げるには幾多の方法があり,確かにVEの適用範囲の中にもCR(Cost Reduction)の要素はある。実際,開発時,あるいは生産継続の可能性がある量産時には有効だ。しかし私は,この目的に(本当の)VEを適用することを好まない。それより,もっと手っ取り早い方法があるからだ。「ムダとり」である。製品にも工程にもムダが山ほどある。単にコストを下げたいのであれば,私はまず,ムダとりから始める。

 ところが,VEに関して勉強不足の幹部たちはここで「VA/VE」と唱え,部下たちはその誤った発想を植え付けられてしまう。神秘で奥行きの深いVEの技法を,単なるコストダウンの手法と勘違いしてしまうのだ。こうした背景から,世界に冠たる工業国として栄えた日本の製造業は今や,「工業国ベスト10」から陥落しそうな状況にある。実に,憂うべき事態である。

 VEは決してCRの世界ではない。「ガラガラ蛇が空対空ミサイルになった」のも「舟食い虫がシールド工法になった」のも,はたまた「アイロンからコードが消えた」のも,れっきとしたVEの事例*1。ニーズと原理(発想)から新機能商品が生まれたのである。

*1 ガラガラ蛇は視力が弱いため,獲物を捕るために体温を察知する。この温度を追跡する原理を生かして開発したのが空対空ミサイル。舟喰い虫は,体の断面積分しか木造船に食いつかない。これを応用したのがシールド工法だ。

 今こそ,製造業が捲土重来けんどちょうらいの一手としてVEを見直す時である*2。それは,他国にマネのできない機能開発型のものづくりの復興であり,その要の技術こそ VEである。BRICsには物マネをさせておけばよいではないか。だが,我が国は違う。「勝つ」ものづくりを志向しなければならない。

*2 製造業だけではなくサービス業にも有効である。