第4回:栽培情報は貴重な資産
(前回から続く)
しかし,この重要極まりない環境条件と生育情報の関係が,日本には情報としてあまり蓄積されないという事態が今,起こっている。それは,多くの大規模な植物工場で導入している環境制御システムが,施設園芸が盛んなオランダのメーカーPriva社のものだからだ。同社は独自ネットワークでこれらの制御装置を結んでおり,栽培データなどを収集するとともに,生育状態が悪い場合などの対応方法を助言する場合もある。
「このままでは,農業の環境制御に関するノウハウや技術に関して日本が弱体化してしまう」と危惧する農業関係者は多い。これに呼応するように,環境制御装置やデータ管理の仕組みを国内で構築する取り組みも始まっている。例えば,倉田氏らは2009年4月に新会社を設立する。この会社の業務の一つとして,環境制御機器や制御ソフトなどの開発・販売を行う計画だ。
こうした環境制御システムの国内メーカーの充実が急がれると同時に,標準化したデータ形式などで栽培データを収集する仕組みの構築も求められる(図9)。多くの植物工場が参加すれば参加するほど,収集されるデータは充実し,そこから導き出される栽培プログラムも高精度になるはずだ。また,大規模な植物工場だけでなく,小規模な植物工場でも低コストで導入できるよう,ハードウエア面での標準化も不可欠だ。
「ものをつくるプロセス(農作物の育て方)そのものを商売にすることは可能なはず」(東京大学の本間氏)。IT化によってシステム化された日本式農業を,海外に展開することも十分に事業として成り立つ。
植物の状態を直接診断
環境制御技術の精度を上げるには,環境の情報と植物の状態をいかに正確に検知できるかが重要だ。この分野に取り組んでいるのが,愛媛大学と井関農機などの研究グループである。
同グループでは,植物の状態を気温や土壌の温度といった環境の情報から間接的に知るのではなく,植物に対する直接的な計測で知る「SPA(スピーキング・プラント・アプローチ)」と呼ぶ概念を取り入れている。直接的といっても葉や実を切断して調べるわけではない。「なるべく非接触で計測するようにしている」(愛媛大学農学部教授の仁科弘重氏)。
このSPAに基づいて,愛媛大学にある実験設備で今,同グループが開発した「自走式植物生育診断装置」を使った研究が進んでいる(図10)。同実験設備ではトマトを栽培しており,診断装置が暖房用の温水パイプをレールに使って自動的に生育情報を収集する。
診断装置には奇形花や乱形果を認識するCCDカメラ,葉の温度を測定する温度センサのほか,青色LEDの光を当てることで光合成機能を診断するクロロフィル蛍光計測器も搭載する。さらに,トマトの真上にはデジタルカメラを固定してある。これは,撮影した画像全体に占める葉の投影面積の割合から個体ごとに水ストレス(しおれ)の状態を診断するためのもの(図11)。
診断装置から得られた情報は栽培管理システムに送られ,環境制御に反映される。例えば,測定した温度は,気温や日射量などの環境条件で補正することで葉の蒸散機能が十分かどうかが分かり,これにより,与える水分量を調整する。水ストレスの情報は,トマトの高糖度化を実現する水の供給タイミングの導出に生かす。こうした試みを通じ,同研究グループでは,環境情報と生育診断情報,収獲量,糖酸度や形状などの生産物情報を対応付け,より良い環境条件を見つけられる知識ベースを構築することを目指す。
診断装置を自走式としたのは,多数のセンサやCCDカメラを植物工場内の至る所に固定するよりも,コスト的に低く済むからだ。植物工場の規模によっては手動式にしてもよい*2。この研究のポイントは「診断情報」の収集と活用であって,自走式であることが必須ではない。
*2 ただし,センサ類のコストが低くなれば固定式の方が安くなる可能性もある。「収獲や耕作の自動化は,やりすぎると無駄になる。機械化にコストをかけすぎないよう,きちんと計算すべき」(大阪府立大学大学院生命環境科学研究科教授の宮武和孝氏)というように,単に作業を楽にすることを目的にした自動化は,儲かる農業にはつながらない。「作業時間が減っても,残りの時間で何をやるべきなのかを考えておかなければ,自動化の意味はない」(同氏)。
バックナンバー
- 第5回:既成概念に固執せず 2010/03/20
- 第4回:栽培情報は貴重な資産 2010/03/19
- 第3回:農業の工場化は進む 2010/03/18
- 第2回:「儲かる農業」の実現に向けて 2010/03/17
- 第1回:“ものづくり”として見る農業の可能性 2010/03/16















