前回から続く)

 小規模農地で競争力を強化するために最も大切なことは,消費者ニーズをきちんと把握し,売れる時に売れる体制を整えること。そこには,製品企画や販売手法,品質管理などにおける工業,商業のノウハウを適用できる。さらに,農作物の状態と生育環境の相関関係に基づいた環境制御技術を確立することも不可欠だ。

 農業と工業,商業の連携に向けた取り組みとしては,中小企業庁が認定事業者に対する支援を始めているほか,農林水産省と経済産業省が2008年12月に共同で「農商工連携研究会」を設置している。同研究会の下には「植物工場ワーキンググループ」も設置されており,2009年1月に初会合を開き,植物工場を取り巻く課題についてのとりまとめを始めた。

 植物工場では,光や温度,栄養分を制御しながら農作物を育てる。広い意味での植物工場はすべてを人工的に制御する完全制御型だけでなく,太陽光併用型といった施設園芸に環境制御機器を適用したものも含めて考えるべきだろう。

 同ワーキンググループで座長を務める東京農業大学客員教授の高辻正基氏は,「日本の農業の未来は,高付加価値化しかない。おいしさや栄養の豊富さといったことが評価される時代になってきた」と語る。その高付加価値化を実現する有望な手段として,植物工場があるわけだ。

 現状の植物工場,特に人工光を使う完全制御型は設置費,運営費ともにまだまだ高い。このため,「例えば,無農薬なので洗わなくて済むというだけでは,価格差を埋める付加価値としては弱い」(同氏)。現状で商業的に成り立っている完全制御型の植物工場は,固定的な出荷先がある程度確保されている場合がほとんどだ。

 ただし,LED(発光ダイオード)など光源に関する研究開発は進んでおり,いずれ低価格化も進んでいく。また,設置場所についての制約も小さいので,「例えば工業団地の中に植物工場を設置することも考えられる」(同氏)。自然に頼った農業では基本的に1年周期でしか蓄積できないノウハウを,完全制御型植物工業では短縮できるという意外なメリットもある。

 完全制御型植物工場には大きなポテンシャルが期待できるだけに,拙速な事業化と評価を急いでは将来をつぶしてしまう。腰を据えた研究開発が必要といえる。そして,それまでの間は,太陽光併用型や太陽光利用型において環境制御技術のノウハウを蓄積すべきと見る専門家は多い。大切なのは,何をいつ作ればよいのか,それはどのようにして制御すると育成できるのかという知識の蓄積である。

イチゴの品切れをなくす

 長野県小諸市にある「こもろ布引いちご園」は,「最盛期には,開園前の朝に数百人が行列を作るほど」(布引施設園芸組合代表理事組合長の倉本強氏)という繁盛ぶりだ。約10万本のイチゴを栽培し,年間入園者数は約2万8000人である(図7)

図7●こもろ布引いちご園
図7●こもろ布引いちご園
約10万本のイチゴを栽培する。年間約2万8000人が来場するイチゴ狩り向けだけでなく,業務用イチゴも収穫する。

 ただ,どんなに入園希望者が殺到しても,「食べ放題」を目的に来た入園者が満足するのに十分なイチゴの実が生育していなければ受け入れられない。つまり品切れ状態になってしまうからだ。「9年前にイチゴ狩りを始めた当初は,最盛期にイチゴが採り尽くされて閉園せざるをえないことがしばしばあった」(同氏)という。

 また,業務用イチゴの市場価格は9月~10月が最も高く,以降,6月まで下がっていくという相場だ。このため,同じ量のイチゴを生産するなら,9月に出荷開始できるようにすると,売り上げを最大化できる。

 そこで倉本氏は,目標とする時期にピタリとイチゴの実を出荷可能にするにはどうしたらよいのかを考えた。「肥料の量を変えたり,温度を上げてみたりしたが効果がなかった」(同氏)という。同氏は環境条件を変えた時にイチゴの生育状況がどのように変わるのか,試行錯誤しながらすべての結果を収集し,データベース化した。

 これらのデータをグラフにして比較検討する中で発見したのが,蕾が出る時期が育苗期間を変えることで決まるということ。イチゴは収穫する場所でずっと育てるわけではなく,別の場所で苗として育ててから収穫場所に定植する。つまり,育苗期間と定植時期の組み合わせで,イチゴの収穫時期をコントロールできることを発見したわけだ。

 「植物は,DNAという設計成長プログラムが入ったバイオコンピュータ。インプットをどうすればアウトプットがどうなるか,その関係を知っていれば再現性は高い。品種改良でも遺伝子操作でもなく,植物の特性を見極めることで実現ができた」(同氏)。

制御できてこその計画生産

 イチゴの収穫時期を制御する方法を手に入れた次には,「いつ,どれだけ作ればよいのか」という需要情報に基づいた生産計画に取り組んだ。まず倉本氏が調べ始めたのは,季節だけでなく休日や祝日などのカレンダーによって行動する来場者の数だ。「3月のシーズンやゴールデンウイークなどに来客数が多いことは肌で分かっていても,定量的な数字はなかった」(倉本氏)。実績データを収集するとともに,同いちご園のWebサイトのアクセス数との関連も見いだした。

 イチゴ狩りの来客数,業務用イチゴの需要,年間の作業量の平準化などにも配慮して作成した生産計画があれば,売り上げと利益を最大化できる(図8)。今では,実が付くまでの期間を制御して育てられた苗の生産も,大きな事業の柱となっている。

図8●利益を最大化する両輪<br>イチゴ狩りの来客数と市場での相場推移といった需要変動を見越して生産計画を立てられるのは,その計画通りに蕾を付けられるような制御技術の確立があったからだ。
図8●利益を最大化する両輪
イチゴ狩りの来客数と市場での相場推移といった需要変動を見越して生産計画を立てられるのは,その計画通りに蕾を付けられるような制御技術の確立があったからだ。
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 同いちご園では,収量などに影響する定植後の環境(温度や日射量,養分など)も制御できる設備をそろえる。基本的に光源は太陽光だが,冬眠を防ぐために人工光も使う。「イチゴは冬になると冬眠する。日照時間,つまり暗くなっている時間が長くなるためだ。人工光を当てることで,この判断を制御する」(同氏)。

 旧来の農業は,自然環境の真っ只中でやらざるを得なかった。悪く言えば,「不測の事態が発生しても自然のせいにしていた」(同氏)とも言えるだろう。どう環境条件を変えれば,どう育つのかを知ることが,競争力を強化するためには最も大切だ。その上で,必要な環境条件を制御できるような植物工場を構築すればよい。

―― 次回へ続く ――