前回から続く)

 医療・健康分野の情報化とひと言でいっても,当面はそれぞれ個別に進みそうだ。例えば,家庭で測定した健康情報をどのように分析して,どのように病気予防に生かすのか,現時点ではその確かな手法は確立されていない。そのため「より正確かつ詳細な情報を取得できるようになるまでは,医師側も家庭で測定した健康情報を診断の参考にできない」(複数の医療機器メーカー)。

 ただし,近い将来,医療分野の情報化と健康分野の情報化の動きは融合する(図7)。「個人の治療/診断情報や健康情報などが,一つのサーバー上に統合した形で蓄積され,医療機器や分析装置などは,ここに最新情報を入力する道具(センサ)になる」(東芝メディカルシステムズ)というのが,医療・健康分野の情報化によって描かれる将来像である(下掲の「情報化の進展は国策次第,今後は『日本が最も急』」参照)。

図7 医療と健康の情報はいずれ融合する<br>医療の情報化と健康の情報化は当面,それぞれ独自に進む。ただし,いずれはこれらの動きが融合し,一つのデータベース上に患者の病歴や診断情報,健康情報などが集約する可能性がある。(図:仮想患者の図は東芝メディカルシステムズの資料を基に本誌が作成)
図7 医療と健康の情報はいずれ融合する
医療の情報化と健康の情報化は当面,それぞれ独自に進む。ただし,いずれはこれらの動きが融合し,一つのデータベース上に患者の病歴や診断情報,健康情報などが集約する可能性がある。(図:仮想患者の図は東芝メディカルシステムズの資料を基に本誌が作成)
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 こうした姿を少しでも早く実現するためにも,エレクトロニクス・メーカーが果たす役割は大きそうだ。既に動きも出始めている。例えば,家庭で測定した情報を体系的に管理するため,2006年になって米Intel Corp.らが種々の測定機器を連携させる通信プロトコルの策定に乗りだした。

 将来に向けてエレクトロニクス技術にかかる期待の大きさは,人材育成の取り組みからも見て取れる。例えば2003年7月に東北大学に設置された先端医工学研究機構(TUBERO)では「従来のような医学と工学の『連携』ではなく,今後は『融合』が必要になる」としており,医師にも技術者にもなり得る「医工学者」の育成を図る考えを示す(図8)。2008年4月に工学部の中に設立予定の医工学研究科において,こうした人材を育成する計画である注4)

注4) エレクトロニクス技術の必要性が高まる将来の医療分野として「分子イメージング」を挙げる声も多い。分子イメージングは,遺伝子など分子レベルの情報を可視化することを指す。例えば,遺伝子の塩基配列の個人差によって,特定の病気が発症する確率や薬の感受性などが違うことなどを分析することで,発症前診断や患者個人に応じた「テーラーメード医療」に生かせる。ここで使うさまざまな計測機器の開発に,エレクトロニクス技術が必要になるという。

図8 医工学者の養成を目指す
図8 医工学者の養成を目指す
高度化する医療機器/技術を扱える医師や,高度化する医療に向けた機器/技術を開発できる技術者を生み出す「医工学者」の養成が急務になっている。背景の写真は,東北大学先進医工学研究機構(TUBERO)の研究室がある建物の風景。

「情報化の進展は国策次第,今後は『日本が最も急』
各国の医療・健康分野の情報化は,それぞれの政策によって大きく異なる。例えば,個人の医療情報と健康情報を融合させ,一元化して蓄積する,いわゆる「EHR(electronic health record)」についても,その進展度合いは国によってまちまちだ。EHRの取り組みが最も進んでいる国の一つがカナダとされる。官民が一体となり,EHRの普及率を2009年までに50%,2020年までに100%にすることを目指しているという。

 レセプトのオンライン化については,韓国が2003年時点で普及率85%と,高い水準にあるようだ。1996年ころまではほとんど普及していなかったものの,国策によって一気にオンライン化が進んだ格好という。

 これに対し,日本における医療・健康分野での情報化は決して進んでいるわけではない。しかも,pp.92―93に示したように構造改革が急務の状態にある。こうしたことから「これから数年,医療・健康分野の情報化に関する動きが最も急なのが日本だろう」(複数の医療機器メーカー)との見方が多い。