岩部氏が持っている袋には,山のような肉まんとあんまんが。雪の中を歩いて,わざわざ買いに行ってきてくれたのだ。往復すれば30分以上はかかったろう。

 「いっただきまーす」

 岩部氏からの「今日は徹夜だから,よろしく」とのメッセージがこもったアツアツの肉まんをほおばりながら,みないそいそと自分の作業に戻っていった。

 肉まんのおかげでもあるまいが,国分氏らソフト開発グループはどうにかバグをつぶし終えた。不具合を検証してもらうために品質保証部に製品を提出する。問題が見つかればすぐに報告がくる。今回はなかなかこない。便りがないのはよい知らせか。

 そして,1月末,「不具合なし」との報告とともに,発注していた基板が届いた。ようやく国分氏らは胸をなでおろす。設計部の面々は早速集まって,製品を組み立ててみた。

 「さて,世紀の一瞬です」

 曽我氏が声を上げる。この機種にかかわって世紀の一瞬は何度目になることか。

 スイッチ・オン。

 動いた。写真はきちんと撮れるようだ。動作もスムーズ。撮った画像をモニタで見てみる。さすがは150万画素。これまでに比べればぐっときめ細かな画像だ。みなが歓声を上げるなか,一人,放心状態でモニタに見入っている人間がいた。川角氏である。

 「……」

 もしノイズが消えていなかったらどうしよう。それを思うと夜も寝られなかった。その不安が消え去った瞬間,彼は自分の意識が遠くなっていくのを感じた。

サインをもらっちゃいました

 こうして150万画素ディジカメ「FinePix700」は完成した。

 広告に起用したのは藤原紀香。ポスターには大きく「FinePix700は,藤原紀香サンで,いきます」の文字。テレビCMにも紀香が登場した。こうした販促活動の成果もあってか,この製品は爆発的なヒットとなる。このあとを追って,他社も150万画素のディジカメを続々と投入,翌年には200万画素,さらにその翌年の2000年には300万画素品が発売になるなど,画素数競争は激しさを増していく。