COLLEGE 製造業の“本当”を探求
 

最終回:藤原紀香サンで、いきます。(下)

芳尾 太郎
2010/03/25 00:00
出典:日経エレクトロニクス、2000年10月9日号 、pp.162-164 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)
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(前回から続く)

まだ,やっちまってました

図4 大雪の成人式
1998年1月15日の成人の日は,近年まれにみる大雪だった。この日,設計部は締め切りに追われ,おおわらわだった。(出典:1998年1月16日発行の日本経済新聞朝刊)

 年明けて1998年の1月15日。成人の日である。東京では近年まれにみる大雪が降り,翌日の新聞には,振り袖の新成人が雪の中を歩く写真が大きく掲載された。

 150万画素ディジカメの開発は最終局面を迎え,設計部は騒然としていた。あと1週間もしないうちにメーカに発注した基板ができあがってくる。それを受け取ったら早速製品のプロトタイプを組み立て,すぐに社内審査会,続いて報道機関に向けた製品発表会,そして3月4日の製品発売と,スケジュールは目白押しだ。もう,後には引けない。

 基板の設計データをすでにメーカに渡してしまったはずの川角氏も,何やらせわしなく働いていた。拭い切れない不安を抱えていたためである。基板を十分検証する時間はなかった。みんなは共同で責任を取ろうと言ってくれたものの,ダメなら自分の責任だ。完成してきた基板に何か大きな問題があった場合はどうするか…。あれこれ問題が生じた場合を想定して,対策手段をまとめていたのだ。

 ただし,先行して対策をまとめている川角氏は,まだいい方だった。この期に及んで大騒ぎを続けている面々がいたのである。

 「国分さん,またデグってるよ」

 「まーた,やっちまいましたか。申し訳ない」

 国分幸三氏率いるソフトウエアの開発グループである。年が明けて成人式を迎えても,いまだにソフトのデバグに追われる日々を送っていた。修復済みのはずのバグがぶり返す「デグレード」は,その後も頻発,いつしか縮めて「デグる」と呼ばれるようになっていた。

 忙しさは相当なものだったが,雰囲気は暗くない。長かったトンネルの出口がやっと見えてきたからである。デバグに取り組み始めた当初は,600個もの不具合を指摘され,闇雲にバグをつぶしていくしかなかった。それもいつしか数えられるほどに減っていたのだ。

雪の中の差し入れ

 もう夜中。雪はまだ降り止まない。みなすでに徹夜を覚悟していた。もちろん,雪のせいではない。仕事を片付けるためだ。

 そのときである。体を濡らした岩部氏と曽我氏が設計部内に入ってきた。

 「おーい,差し入れだ。コンビニに行って全部買い占めてきたぞ」

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