(前回から続く)

 「あ。ここはどう?このすき間に基板を入れちゃえばいいじゃない」

 沈黙を破ったのは南雲氏だった。彼が指していたのは,液晶ディスプレイの背面にあるすき間である。

 「こうやって入れるんだよ」

 南雲氏は図面にそのアイデアを書き込む。液晶ディスプレイは,バックライトから出た光がパネルに均一に当たるよう,パネルの背面に反射板を設置し,このパネルと反射板を金属のフレームで固定している。反射板はパネルとまったく平行ではなく少し傾いているため,傾いた反射板とフレームの間には,わずかなすき間がある。そこを利用すれば基板を挿入できる,というのが彼の提案だった。

\[図2 設計図\] 最初の部品レイアウト図。南雲氏が松尾氏の机の上に置いたものである。右端の3枚が基板。当初は合計1万7000mm<sup>2</sup>しかなかった。中央左下にある手書きの図が液晶ディスプレイの背面に基板を挿入するアイデアを示した図。南雲氏が描いた。(図:富士写真フイルム)
図2 設計図
最初の部品レイアウト図。南雲氏が松尾氏の机の上に置いたものである。右端の3枚が基板。当初は合計1万7000mm2しかなかった。中央左下にある手書きの図が液晶ディスプレイの背面に基板を挿入するアイデアを示した図。南雲氏が描いた。(図:富士写真フイルム)
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 「そんなところに基板を入れるなんて話,聞いたことないですけど」

図3 南雲陽一氏
FinePix700の開発では外装担当グループのリーダを務める。デザインで決まった筐体のなかにレンズ,液晶ディスプレイ,基板などの部品をレイアウトするのが主な役割。(写真:新関雅士)

 「でもいい案かもしれませんね」

 「じゃ,早速検討してみてよ。すぐにね。よろしく」

 冗談のようにして湧いてきたアイデア。実現するかどうかはまったく未知。しかし彼らは,ワラにもすがりたい心境だった。なにしろ,もう時間がない。デザインの決定が1997年の5月まで延びに延びたことに加え,7月には「プロト1」と呼ばれる最初の試作品の社内発表会が予定されているのだ。それまでにはなんとしても形にしなければならない。製造期間などを差し引いて,逆算すると設計部に与えられた猶予期間は1カ月ほどしかなかった。

パネル・メーカを口説け

 ところが検討を始めてすぐ,松尾氏は「いける」との感触を得る。