松尾氏の声を聞き付け,設計図を置いていった張本人である南雲陽一氏が戻ってきた。
「仕方がないだろ。CADが勝手にはじき出したんだ。オレが決めたわけじゃないよ」
南雲氏は外装グループのリーダ。デザイン側が決めた筐体の形状に合わせて,レンズや液晶ディスプレイ,基板などの部品をレイアウトするのが役割である。彼はCADを使ってそれぞれの部品を配置し,基板の面積を割り出してみた。こうして出てきた3枚の基板面積の合計が1万7000mm2だったわけだ。
「2万2000mm2って言っておいたじゃないですか。1万7000mm2なんて無理ですよ。絶対無理」
松尾氏が悲鳴を上げるのも当然だった。松尾氏は南雲氏からあらかじめ今回の製品に必要な基板面積を問われ,2万2000mm2と答えていたのだ。前回発売した製品の基板面積が2万4000mm2だったことを考えれば,頑張ってもこの程度は必要と見積もったのだ。ところが,実際に出たのは1万7000mm2。2割以上小さい。
これではとても使えない
松尾氏は訴えた。
「しかも形が悪いんですよ,これ。面積の割には載せられる部品は少なそうだし」
面積だけでなく,形にも問題があった。南雲氏が提案した基板のなかの1枚は,角の部分が飛び出したような形状になっていた。こうした部分には,面積の大きさから期待できるほどにはICを配置できない。配線やレイアウトの効率が悪いからだ。
「やっぱり?だめだよね。そうじゃないかとは思ってたんだけど…。でも,このデザインじゃねえ」
そもそも問題の根本原因はデザインにあった。まず,筐体の外形寸法があまりに小さい。しかも,光学系や液晶ディスプレイなど主要部品の位置が確定しているため,空間の形が変えられない。そのなかで最大限の面積を確保しようとすると,基板の形がいびつになるのだ。