前回から続く)

 ある日のこと。川島氏は,もはや見尽くしたアンケート結果をため息交じりに眺めていた。そのとき,いきなり後ろから肩を揉まれたのだ。

 「どーですか,川島君。デザインの調子は」

 声の主は岩部氏だった。とうとうきてしまったか。振り返ると岩部氏が笑っている。でも,目は真剣そのものだ。これはまずい…。

 岩部氏が苛立つのも当然である。通常製品の開発では,デザインが決まるのが発売の1年前。その計算でいけば,1997年の3月が締め切りということになる。ところが,今回の製品は新たに開発した部品を多く採用し,しかもかなり小型に仕上げなければならない。このため設計期間に数カ月のマージンを取っていた。「年明けまでに」と川島氏に依頼していたのは,こうした理由があったためだ。

 それなのに,そのマージンどころか通常のデザイン決定時期さえも大幅に割り込んでいる。このままでは発売に間に合わなくなる。デザイン通りに作るとはいったが,遅れてもいいといった覚えはないのだ。

やる気にならん

 数日後,設計部全員のプレッシャを一身に浴びた川島氏は,ついに腹をくくって岩部氏に一つのモックアップを示した。

図4 デザインの候補に挙がったモックアップ
手前にある3種類のデザインが有力だった。このうち縦型(写真手前,右)と横型(写真手前,左)のどちらにするかで,すったもんだを繰り返す。(写真:新関雅士)

 「こんなもの作ってみたんですが」

 岩部氏の机に置いたのは,縦型のモックアップだった。