情けない…。とっさに岩部氏は思った。しかし,「そうしてしまったのは自分たちなのでは」とも思う。製品のおおまかな外形は,いつもデザイナに依頼する前に決まっている。デザイナが自分の裁量で決められるのは,細かな装飾などのディテールだけ。しかもそのデザインが固まったあとに,設計側が細かな変更を求めるといったことも,ままあった。

 元来創作の余地が少ない。それにめげず,知恵を絞ってカッコよく仕上げても,設計変更であっと言う間にご破算。そのくせ,製品が売れないと必ず「デザインがイマイチだったから」と言われてしまう。デザイナたちが「たまったものではない」という不満を抱くのも無理からぬことだった。

図2 岩部和記氏
電子映像事業部 設計部 部長代理。FinePix700の開発を統括したディジカメ設計チームのボス。FinePix700を担当するまでは,業務用のディジカメに携わってきた。(写真:丸田歩)

引き受けちゃった

 「それならば」と岩部氏は腹をくくる。デザイナの言う通りに作ってやろうじゃないか。

 「設計側の都合では,一切変更しない。年末か年明け早々にでもデザインを固めてほしい。よろしく頼むよ」

 こう言い残して岩部氏は部屋に戻っていった。

 「おいおい,マジかよ。大変なことを引き受けちゃったなあ」

 依頼を受けた川島氏は,その重圧をじわじわと感じていた。なにしろ,いま開発しているのは電子映像事業部の命運を握る重要な製品だ。それまで彼は,いくつかの商品を担当してきた。しかし,どれもヒットには結びついていない。自分は商品企画に向いてないんじゃないか。そう思い悩んでいたときだっただけに,なお苦しい。本来なら,喜んで受けるべき申し出なのだが。

これなら買うぞ 10万円

 ともかく,一からデザインする権利を得たわけだ。これまでと違う手法を試してみるしかないだろう。いろいろ考えた末,まずはデザイナたちに今回の製品の特徴「150万画素,10万円」を提示し,デザイン案を募集することにした。

 そして1996年の暮れ,「これなら買うぞ 10万円!」と題するデザイン案を,川島氏はデザインセンターから受け取る。案は10種類近くに上った。縦型や横型,正方形のものや回転機構を備えるものなどである。これを基に川島氏は,一般ユーザを対象にしたアンケート調査やグループ・インタビューなどを実施する。その結果から抽出したのが二つのデザイン,「縦型」と「横型」である。縦型は斬新さで群を抜いており,横型は親しみやすさで圧倒的な実績を誇っていた。

図3 「これなら買うぞ 10万円!」
デザインセンター 主任技師の礒崎誠氏(写真,右)は,それぞれのデザイナに10万円なら買おうと思えるディジカメのデザインを考えさせた。左の写真はそれをまとめた資料。1996年12月,これをもとに川島氏の試行錯誤が始まる。(写真:新関雅士)