「ソニーのエレクトロニクス部門の中では今,“あの事業”がダントツの成長率を誇っているはずだ」(業界関係者)。この事業を知って,驚く読者は多いかもしれない。国内市場で一敗地にまみれ,撤退を余儀なくされた経験を持つ電子書籍事業だからである。

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 ソニーは同事業の拠点を米国に移すことで成功をつかみ,ここにきて急成長を遂げている。「この経済不況下でも,売り上げが予想以上に伸びている」。同事業の責任者である野口不二夫氏の声は弾む。ソニーが米国で最初の電子書籍端末を投入したのは2006年10月注1)。それから2008年11月末までの約2年間で販売してきた端末は,累積30万台。ところが,その後2009年1月末までの2カ月間で,販売台数は累積40万台にまで急増した。

注1)電子書籍事業は,実際には同社の米国法人であるSony Electronics社が遂行しているが,本稿では,すべてソニーと表記する。

 この成功の裏にあるのは,国内での苦い経験から得た教訓である。ソニーは,2004年4月に国内で電子書籍事業を開始したが,販売不振から2007年5月に電子書籍端末「LIBRIé」の生産を終了。2009年2月には,同端末向けコンテンツ配信事業も清算した。この失敗から学んだのは,コンテンツの重要性である。2006年1月,同社 CEO(当時)のHoward Stringer氏は米国での電子書籍事業参入を表明した。だが,実際に事業を始めるまでには,それから9カ月の期間を要した。実はこの間,コンテンツの充実度の向上に奔走していたのだという。

 もう一つ,LIBRIéの“功績”として見逃してはならないのが,米Amazon.com,Inc.を市場に呼び込んだことである。同社の電子書籍端末 「Kindle」は「LIBRIéの影響を受けて開発が始まった」(業界関係者)とされるが,現在では市場をリードする存在になっている。業界関係者によれば,販売台数は2008年末までに累積で50万台とされ,さらに「2009年2~3月だけで30万台売れた」(同)という。

 電子書籍市場をリードするこの2社は現在,激しい競争を繰り広げている。ソニーが2008年10月に3代目の端末を発売すれば,Amazon.com社 も2009年6月に3代目の端末を投入。ソニーが2008年から欧州にも事業を展開すれば,Amazon.com社も2009年後半には欧州に乗りだすとみられている。両社の競争は,電子書籍市場を活性化させるとともに,他の多くの企業が同市場への参入を決断する裏付けになっている。

 コンテンツ配信事業としては音楽や映像に大きく遅れをとってきた書籍が,いよいよメジャーへのページをひらく。

―― 次回へ続く ――