松井が社寺巡りに親しむようになったのは,学生時代のことである。京都で過ごした数年間で,古都の空気がいつしか体に染み込んだ。1987年に三菱電機に入社し,思いも寄らず配属された鎌倉で松井は再び歴史の息吹を感じていた。鎌倉では,願ってもない出会いも待っていた。何気なく立ち寄った喫茶店で,地元の合唱サークルを紹介されたのだ。学生時代,合唱部の活動に勉学以上に打ち込んだ松井は,一も二もなく加わることになる。

 松井が三菱電機を選んだ理由は,どちらかといえば消極的なものだった。大学で数学を専攻していた松井は,一時は数学者への道を志す。1年浪人までして大学院に入った。ところが,数倍もの難関を誇る京都大学の大学院には,えりすぐりの俊英がそろっていた。修士課程の終わりが近づくにつれ,松井は自らの限界をひしひしと感じるようになる。振り返ってみれば,大学院へ進んだのも社会に出たくない気持ちの裏返しだったのかもしれない。ちょうど,モラトリアムという言葉がはやっていたころだ。

 数学者への道を断念した松井に,選択肢はほとんど残されていなかった。数学科の出身者が役に立てそうな職場といえば,電機メーカーの研究所くらいしか思い浮かばなかった。

 人生は皮肉なものだ。三菱電機に入社後の今,松井がどっぷりと漬かっているのは,一度はあきらめた数学の世界なのである。

誤り訂正符号にのめり込む

 鎌倉の研究所に配属後,松井にあてがわれた仕事は,誤り訂正符号の研究である。

 折しもエレクトロニクス業界には,デジタル化の波が押し寄せていた。光磁気ディスクやテレビ電話,携帯電話など,デジタル方式の規格が山ほど検討されていた。研究所には,さまざまな事業部から高効率の誤り訂正符号を求める声が飛び込んできた。

 入社するまで誤り訂正符号という言葉すら知らなかった松井だが,それが数学の塊であることはすぐに分かった。当時,脚光を浴びていた代数幾何符号は,代数学の最新理論を縦横無尽に駆使していた。元来数学が好きでたまらない松井は,その面白さにのめり込んでいく。

 仕事と数学の接点を見いだした松井に,何の不平も不満もなかった。そのまま研究を続けていれば,今ごろ符号理論の大家になっていてもおかしくなかっただろう。仮に数年後の自分の姿を聞かされても,当の松井が否定したに違いない。

 1本の論文に出くわすまでは。

「暗号解読」って何だ?

 きっかけは社内に飛び込んできたうわさ話だった。現NTTが開発した暗号「FEALフィール」が,解読されたというのである。門外漢の松井ですら聞いたことがあるほど著名な暗号が,やすやすと解読されたらしい。

 「暗号解読」という謎めいた言葉は,松井の心に風波を立てる。スパイ小説じゃあるまいし――そう思う反面,どことなくあらがい難い,あやしい響きを感じた。松井は,うわさの真偽を自ら確かめずにはいられなかった。どうやらイスラエルの暗号研究者が新たな暗号解読法を考え付いたというのが,うわさの出所のようだ。松井はすぐさま,その論文を取り寄せた。