かつてスパイ小説や軍事技術を連想させていた「暗号」。今では,インターネットや携帯電話をはじめ社会生活のインフラストラクチャーに必要不可欠な技術として広がっている。三菱電機は,暗号の世界で後発だったにもかかわらず,10年余りでW-CDMA方式の第3世代携帯電話向け標準暗号の開発にこぎ着けた。その誕生の経緯は,暗号研究を始めたばかりの1人の男が15年間一度も破られなかった米国標準暗号「
暗号アルゴリズム「MISTY」の開発
目次
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最終回:たった一つの疑問から(下)
1999年5月にドイツで開催された第3回目の会議に,近澤は「MISTY(ミスティ)」の技術資料を提出する。同僚や上司に相談すらせず自主的に資料を作成し,出張かばんに放り込んだ。3GPPが暗号技術を募集していたわけではない。文書の宛先には「SAGE」と記した。通信関連の標準化機構ETSI(Europ…
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第9回:たった一つの疑問から(上)
1998年夏,三菱電機は「MISTY(ミスティ)」の基本特許の使用料を無償にする方針を打ち出した。一歩間違えば研究成果を台無しにする道を,恐る恐る踏み出した。その賭けが,大きなチャンスを呼び込む。第3世代携帯電話の標準規格を検討する3GPPが,無線通信区間に用いる暗号方式としてMISTYの技術に目を…
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第8回:残された手はただ一つ(下)
CPTWGでは,悪意のないユーザーの複製,いわゆる「カジュアル・コピー」を防げばよいという考え方が主流になった。カジュアル・コピーを防ぐ程度であれば「解読不可能」な安全性を備える暗号技術は必ずしも要らない。MISTYの回路規模がいくら小さくなったといっても,機器メーカーの要求とは懸け離れていた。最…
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第7回:残された手はただ一つ(上)
三菱電機は1996年,ついに暗号アルゴリズム「MISTY(ミスティ)」を世に送り出した。竹田栄作が先頭に立って情報セキュリティ事業の立ち上げに奮闘し始めた。竹田らは,何度も米国まで足を運んでMISTYを売り込んだ。米国標準暗号「DES(デス)」をしのぐ安全性と実装性を兼ね備えるが,実績につながらない…
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第6回:情報大国の標準を奪え(下)
――1995年9月。三菱電機はMISTYの広報発表を無事に終える。DESの解読を発表した時のように,回りくどい表現はしなかった。「DESをしの ぐ強力な暗号方式を開発」と胸を張って主張した。MISTYを核にした事業を立ち上げるという大仕事を前に,部員達はつかの間の喜びに浸った。
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第5回:情報大国の標準を奪え(上)
米国標準暗号「DESデス」をしのぐ暗号を世に問いたい――。そんな目標を掲げ,三菱電機の松井充らは「MISTYミスティ」の基本アルゴリズムを完成する。時を同じくして同社は,暗号技術を事業化すべく組織改編に踏み切った。研究者自らで暗号や情報セキュリティの事業の糸口を見つけろという。もう「研究所だから」と…
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第4回:これぞ最大の防御なり(下)
表現こそ大きく変わってしまったが,関係者の苦労は実り1994年1月24日,無事に広報発表へとこぎ着けた。発表を受け,多くの新聞が記事として取り上げた。そのほとんどが,発表文そのままに「暗号の評価技術を開発」と書いてある。やむを得なかったとはいえ, DESの解読に成功した事実がうまく伝わらなかったこ…
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第3回:これぞ最大の防御なり(上)
暗号の世界では後発の三菱電機の研究員,松井充は1993年の夏,米国標準暗号「DESデス」の解読に成功する。15年もの間,一度も破られたことのない暗号の解読は暗号の世界で大きな反響を呼ぶことになった。最難関の暗号を解読した松井の興味は,次第に暗号アルゴリズムを作ることに移る。DESよりも安全で,性能が…
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第2回:難攻不落の暗号を落とせ(下)
簡単に言えば差分解読法は,少しずつ内容を変えた平文を大量に用意し,それを暗号化したデータと見比べることで,暗号アルゴリズムの偏りを求める手法である。この偏りを使って,鍵データを推定できる。56ビットの鍵を使う米国の標準暗号DESを対象に考えると, 248組の平文と暗号文のデータを調べればよくなる。…
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第1回:難攻不落の暗号を落とせ(上)
かつてスパイ小説や軍事技術を連想させていた「暗号」。今では,インターネットや携帯電話をはじめ社会生活のインフラストラクチャーに必要不可欠な技術として広がっている。三菱電機は,暗号の世界で後発だったにもかかわらず,10年余りでW-CDMA方式の第3世代携帯電話向け標準暗号の開発にこぎ着けた。その誕生の…