(前回から続く)

左が初音ミクの声を担当した藤田咲氏,右が初音ミクに続く歌声合成ソフト「鏡音リン・レン」の声を担当した下田麻美氏

 力強い助っ人を得た開発チームは,まず声優の選考を始めた。基準は,「VOCALOID2に適した声で,かつかわいらしさを強調した声」(佐々木)だった。ただし極端な「アニメ声」の声優は除外した。現実感がなさすぎると考えたからだ。

 約500人にも及ぶ声優の声を慎重に聴き,ようやく数人に絞り込んだところで,大きな問題が発覚した。リストに残ったいずれもが有名な声優だったのだ。「彼らの演じたキャラクターのイメージがVOCALOID2のソフトウエアに先行するのは困る」(佐々木)。そこで佐々木らは,声優の所属事務所にリクエストして,選出した声優と似た声を持つ若手声優のリストを集めた。この中に,初音ミクの声を提供することになる藤田咲の声があった。「最後は直感。聴いた瞬間にピンときた」(熊谷)。

16歳はいろいろな歌が歌える

 人間らしさをアピールするには,リアルでかわいい声だけでは足りない。開発チームの佐々木らは,新製品のパッケージに使うキャラクターを考え始めた。その際に,気を使ったのは「歌声の質に見合ったキャラクター」であることだ。

 「パッケージのキャラクターを見ることでユーザーが,“バーチャル歌手”の得意分野を想像しやすいように考えた」(佐々木)。伊藤は,経験からこうした発想を身に付けたと説明する。「何でもできるものは売れない。自由すぎるのは案外不自由だからだ。ピアノの音源データでも,有名なジャズ・ピアニストの音源などと特定した方が売れ行きは良かった」(伊藤)。

 とはいえ,あまり細かく決めて,ユーザーのイメージを制限しすぎるのもよくない。こうした開発チームの配慮がよく現れているのが,「16歳」と設定した初音ミクの年齢である。「大人の恋を経験した女性もいれば,初恋すらまだの子もいる。つまり,16歳であれば初恋の歌から大人の恋の歌まで幅広く歌ってもらえる」(佐々木)。一定のイメージをユーザーに与えつつ,自由な想像をさまたげない絶妙な年齢なのである。

「萌え」を強調しすぎない

 イラストの絵柄にもこだわった。アキバ系の男性は意識したものの,あえて「シャープで,萌えを強調しすぎない」(佐々木)絵を選んだ。当時「萌え」がはやっていたからだ。「流行モノはいつか廃れる。MEIKOと同様に長いスパンで売れる製品にしたかったので,後で廃れる可能性のある要素は入れたくなかった」(佐々木)。

 もう一つ,イラストの絵柄で重視したのが,コンピュータが歌うという「アンドロイドっぽさ」(佐々木)である。これと,生身の人間らしさを両立させるために衣装にその要素を盛り込むことにした。例えば,左腕の袖部分にヤマハのシンセサイザー「DX7」を意識したイラストを入れるなど,実在の楽器の要素を衣装の各所にちりばめることにした。