自然に学ぶことは大事なこと。言うのは簡単だが,何をどのように学び,どうやってそれを生かしていくのか。東北大学大学院環境科学研究科教授の石田秀輝氏は,自然のメカニズムを科学して解き明かし,それをやはり科学の力でリ・デザインしながら,見事に実践している。

 これが,環境への意識の高まりからにわかに注目されている「ネイチャー・テクノロジー」だ。自然に恵まれ,一物にも生命が宿ると考えてきた我々日本人が,最も得意とするものづくりの在り方なのかもしれない。

焼かない焼き物を求めて

 石田教授がネイチャー・テクノロジーを研究するようになったきっかけは,セラミックスを扱う大手企業に勤めていたころにあったそうな。セラミックスは高温で焼いて造るもの。この常識を自然の力を使って覆せないだろうか。そう考えた石田教授は,注意深い自然の観察と研究の末,温泉地帯では150℃以下という低温でも岩石が出来上がり,そこには水熱合成というメカニズムが働いているということを突き止めた(図1)。この経験によって,焼き物以外の分野でも「自然界を見回せば,至る所に余計なエネルギを使わなくてもものづくりができるヒントがある」という考えに至った。

 この「自然のすごさを賢く生かす」ネイチャー・テクノロジー。自然は常に,ありとあらゆる学問分野に対し横断的に存在している。しかしてその実態は実にさまざまであり,理解するには科学的にも広い視野が必要となる。例えば,空飛ぶ宝石に例えられるカワセミのくちばしは空気の抵抗を減らすために鋭い四角すいの形をしている。その形状の特徴を取り入れた新幹線では走行抵抗を30%減らし,かつ騒音を低減することに成功したのだとか。普段は厄介者扱いされているシロアリたちからも学ぶことは多い。熱環境の厳しいアフリカに住むシロアリのアリ塚の中は常に30±1℃に「制御」されており,このアリ塚の構造を利用した建築物では冷暖房に掛かる空調費が劇的に減ったという報告もあるらしい。以上のことを理解するだけでも,流体力学や熱力学,音響設計や構造計算など,幅広い知識を要し,石田教授のように全体を俯瞰する力が必要とされる。

図1 水熱合成固化の化学反応
SiO2系材料と水酸化カルシウムの水熱合成の場合,例えば180℃の飽和蒸気圧下で水が反応媒体となって針状結晶のケイ酸カルシウム水和物が析出する。これらが絡み合って高い強度を発現させる。

長七たたき

図2 アンコール遺跡の基壇修復風景
最も重要である基壇は文字通り,土台だ。

 学ぼうとする石田教授の真摯な姿勢は,何も自然だけが対象ではない。昔から伝わる技法や先人たちによる知恵もその対象だ。土木工事の神様といわれた服部長七(1840~1919年)は,愛知県碧海郡北柵尾村(現在の碧南市新川字西山)に生まれ,人造石の発明者としても有名である。1876年,37歳の時に発明した人造石を用いて,広島宇品港(今の広島港)や四日市港などの築港で数々の難工事を成功させた。人造石の原理は「長七たたき」(石灰に種土を混ぜ,水で固練りしたものをたたいて硬く固める技法)という土の固化技術であり,接着剤や加熱溶融などの技術は一切使われていない。空気が接着剤の代わりになっているのだ。

 興味を持った石田教授が研究を重ねた結果,長七たたきが化学的に裏打ちされた技術であることが分かった。

 この古の技術は,石田教授の研究を通じて,現代のアンコール遺跡の基壇修復にも採用された。遺跡の土台でもある基壇は遺跡寺院が造営されてから既に700年を経て,崩壊の寸前だったそうだ(図2)。

 ユネスコのプロジェクトである日本国政府アンコール遺跡救済チームがまず考えたのは,いかに当時のままに,いかに統一感を損なわずに復元するかということだった。当たり前だがコンクリートなどない時代。それを現代技術のコンクリートを使って修復したんじゃ,シャレにならない。さらに,20世紀最大の発明の一つといわれたセメントでも,実は何年持つか分からない。港湾の防波堤などが機能するのは,せいぜい12~15年。大体は塩害でやられてしまうからだ。

 話は逸れるが,お城フェチの筆者は暇さえあればお城見学をする。しかし,築城当時の木造建築のお城は少なく,大方はコンクリート建築だ。防災上の規制などいろいろな条件があるにせよ,遠目にはお城だが中に入ればコンクリート,しかもエレベータ付きなんていう(統一性もへったくれもない)のもある。お城じゃなくて,もはやビルディングというべきか。

 さて,そんな時,同チームは石田教授の研究を知った。かくして,アンコール遺跡の基壇の修復には我が国の伝統的かつオリジナル技術でもある「長七たたき」が採用され,世界に貢献することとなる。

 「たたき」という技術が科学的にも工学的にも世界に冠たる技術であると確信した石田教授は,その理論を整理し,工業的なものづくりに生かせる技術として確立したのである。

30倍の強度