「 大手メーカーなどから部品加工の外注を受けた協力企業は,その部品が実際にどう使われるのか分からないことがほとんど。図面にあいまいな部分があっても,なるべく精度を高く出しながら加工してしまう」。こう語るのは,多くの中小加工業者の実情をよく知る,海上技術安全研究所環境エンジン開発プロジェクトチーム/機関システム開発研究グループグループ長の平田宏一氏である。

現在は不適切な公差指示でも,なんとか日本のものづくりは成り立っている。その背景には,度重なる擦り合わせの経験を持ち,優れた技術力・応用力を兼ね備えた生産現場の存在があった。だからこそ,あいまいな図面でも不具合の発生しない部品を造ることができていたのである。

あいまいさが残る寸法公差

しかし今後,グローバルなものづくりを実現していくには,どの国の,どんな経験を持った人が,どのような機械を使って加工しても,最終的に同じ品質の部品が手に入るようにしなければならない。そこで求められる大前提が,図面における公差指示のあいまいさを排除することである。これにより,想定外の精度低下という事故を防ぐだけでなく,必要以上の高精度化によるコストアップも抑制する。

図面にあいまいさが残る最大の理由は,ほとんどの公差を寸法公差で指示していること。例えば,図面に長方形の正面図と側面図を描き,それらに対して高さ,幅,奥行きを指定したとする(図1)。この画面を描いた技術者は,直方体の部品が出来上がってくることを想像するだろう。しかし,実際に加工された部品が直方体であることは,ほとんどない。

ゆがんだ直方体
寸法公差による指示の場合,基本的には点と点の距離を測ることで形状を確認するため,ゆがんだ形状になってしまう可能性が残る。どれだけ平らな面が欲しいのか,基準に対してどれだけ平行/直角かといった幾何公差を指示することで,あいまいさをほぼ無くすことができる。

寸法公差の場合,原則として点と点の直線距離を測ったときの寸法値しか規制できない。高さを10±0.1mmと指示した場合は「どこの高さを計っても9.9mmから10.1mm」ということだが,例えば上面と下面が同じように(平行を保ちながら)大きく湾曲していても合格してしまう。さらに,側面から見たときに平行四辺形のようにゆがんだ状態でも,寸法公差の条件は満たしてしまう。繰り返しになるが「湾曲やゆがみがないのは常識」という日本の生産現場の高い能力のおかげで,寸法公差で正確なものづくりができていたのだ。

このような事態を避けるには,面がどれだけ平面に近いか,面と面がどれだけ平行/直角であるべきか─といったことを明確に規制する必要がある。これが「幾何公差」だ。幾何公差では,「点」「線」「面」といった形体に対して形状や姿勢,位置を規制できる1)。例えば,平面の凹凸を規制する「平面度」,基準面に対する直角さを規制する「直角度」などがある。

幾何公差そのものは決して新しいものではないが,日本では前述のように必要性が薄く,まだあまり使われていないのが現状だった。寸法公差に比べて考え方や指示方法に難しさを感じている技術者が多いことも,普及の阻害要因になっている。

しかし今後,幾何公差方式の導入は日本のものづくりにとって不可欠になる。グローバル化への対応に加え,さらなる品質向上への要求に応えるには,設計者の意思を正確かつ迅速に伝えねばならないからだ。3次元公差解析ツールを活用する上でも,幾何公差による指示がなければ解析条件の正確な定義は不可能である。

2次元簡略図に幾何公差

いすゞ自動車では,幾何公差を1974年に社内標準として登録したものの,しばらくその活用は一部に限られていたという2)。その後,設計者を中心とした社内教育を充実させ,徐々に幾何公差に関する設計者のスキルを高めていった。現在では,3次元CADデータに添付する2次元の簡略図面などに対し,幾何公差の指示を入れることが定着している。

例えば図2。これは同社の「エルフ」「フォワード」で使われた板金部品の量産図である。実際の公差値を「*」で書き換えてあるので,生産現場で使われたものと同一(完全な図)ではないが,同社の幾何公差の指示方法の一例として見てもらいたい。

幾何公差を指示した図面の例
いすゞ自動車では幾何公差に関する社内教育などを拡充し,幾何公差による指示を記載した2次元簡略図の実務運用を開始している。これにより,図面のあいまいさに起因した不具合の発生が減少した。なお,上図では公差値を「*」で表示しているなど,図面として完成されたものではない。図面は『いすゞ技報』第119号から。

加工や計測の基準となるデータムとしては,A,B,Cの3種類が指定してある。中でも大本となるデータムAは,次のように設定した。すなわち,この板金部品の中で4カ所に指定したデータムターゲットの領域(図中の×)の凹凸を,共通公差領域で規制できるようにした。このほか,データムA,Bを設定した穴にはAからの姿勢(直角さ)を,データムCを設置した長穴にはデータムAおよびデータムBからの位置の規制を与えた。

このように幾何公差で指示することで,穴の姿勢や位置などを明確にしている。実際の生産現場では,データムターゲットの4カ所を,治具を接触させる部分とする場合が多い。

同社では今後,社内教育に加えて幾何公差に関する社内標準の整備も進めていく。さらに「3次元CADで幾何公差をどのように記入すべきか,その代表例をまとめたマニュアルを現在,作成している」(いすゞ自動車CAE・システム推進部IDEPグループスペシャリストの大林利一氏)という。