「ピピッ」「シャリーン」

 ICカードをかざして改札機を通過したり,お金を支払ったり…。JRグループの「Suica」や「ICOCA」,首都圏の鉄道23事業者とバス31事業者が利用する「PASMO」。ビットワレットが運営する「Edy」やセブン-イレブンの店舗で使える「nanaco」。電子乗車券や電子マネーに使う非接触ICカードは,今や日常生活に欠かせないものになった。

 これらのカードに埋め込んであるのが,ソニーの非接触ICカード技術「FeliCa」に対応したICチップである。現在までに,全世界で2億個以上のFeliCa対応チップが出荷された。

 このICチップは,カードに形成したアンテナと接続してあり,カード・リーダーと無線でデータを送受信できる。リーダーにカードを近づけてから認証やデータ読み書きが完了するまで,わずか0.1秒。この間に電子マネーの支払いや定期券利用の処理を完了できる。カード自身は電池を持たず,リーダーからの送信波を電力に変換して動作するので,電池切れの心配がない。

 FeliCaの開発が始まったのは,今から20年前,1987年のことである。世界を変えた多くの発明がそうであったように,開発スタート時に目指した用途は,今とは全く違っていた。

宅配便の配送管理から始まった

 「伊賀さんに相談があるんですが…」 1987年暮れのこと。神奈川県厚木市にあるソニー 情報処理研究所で働く伊賀章に,社内の営業担当者が声を掛けた。

 「大手宅配業者から依頼がありましてね,小包の配送先の仕分けを自動化するうまい方法はないかって」

 伊賀は身を乗り出した。

 「へえ,面白そうだね。その宅配業者に一度話を聞きに行こうかな」

 当時ソニーでは,研究所に営業職が頻繁に出入りし,顧客から聞いた要求を研究者に直接伝えていた。FeliCaの開発には,こうしたソニーの企業文化が一役買っていた。

 伊賀は1973年にソニーに入社して以来,研究所一筋のキャリアをたどってきた。入社後すぐに音楽プレーヤー向けPCM(パルス符号変調)の技術開発に携わり,後のCDやDATに応用されるバースト誤り訂正技術を開発した。その後,民生用GPS受信機の開発に挑み,製品化にこぎ着けた。GPS受信機の開発を終えて次のテーマを探していた伊賀は,早速宅配業者を訪れた。