ここ2~3年,電子デバイス関連の国際学会で,かつては見られなかった光景を目にするようになった。“カーボン・ナノチューブ(carbon nanotube)”や“グラフェン(graphene)”をテーマにしたセッションに,会場からあふれんばかりのデバイス技術者が集まった様子である。これらの材料が注目を集めているのは,電子デバイスの素材としてずば抜けたポテンシャルを備えているためだ。実際にこれらの材料で高性能のデバイスを作製したり,実用化への技術課題を克服する成果が,相次いでいる。

 21世紀のエレクトロニクスの主役を,炭素(カーボン)材料が担う。そんな予感を抱かせる開発成果が相次いでいる。Si-MOS FETをしのぐ高速FET,ロール・ツー・ロールで製造できる安価なフレキシブル・デバイス,超高感度センサー。こうした魅力的なデバイスを,カーボン材料で実現する試みが続々と出てきた。どの応用でも,他の材料にはない特異な物性が生きる。

 各種のカーボン材料の中で,応用範囲が広く開発事例も多いのが,カーボン・ナノチューブ(carbon nanotube)である(図1)。(1)LSI向けトランジスタ,(2)フレキシブル・デバイス,(3)LSI配線,(4)センサー,への応用が提案されている注1)。いずれにおいても,従来の技術課題を克服し,カーボン・ナノチューブの高いポテンシャルの一端を示せる段階にきた。

注1)このほか,発光デバイスやディスプレイ向け透明電極への応用も提案されている。

図1 カーボン材料の物性をデバイスに生かす
カーボン材料が備えるさまざまな特徴を生かしたデバイス開発事例が相次いでいる。応用範囲が特に広いのがカーボン・ナノチューブである。本誌が作成。

カーボン・ナノチューブを高速チャネルに

 (1)カーボン・ナノチューブは,LSI向けトランジスタのチャネル材料になる。理論上のキャリヤ移動度は1000cm2/V・sを超え,Siの10倍以上である。電子が散乱を受けずに伝導する“バリスティック伝導”も起こりうる。動作周波数は,理論的に「数THzが可能」(名古屋大学 教授工学研究科 量子工学専攻の水谷孝氏)だ。これらのポテンシャルから,カーボン・ナノチューブは「Siチャネルの後継材料として最も有望」(米IBM Corp.,Fellow and manager,nanometer scale science and technologyのPhaedon Avouris氏)との声が上がっている注2)

注2)ただし,カーボン・ナノチューブや後述のグラフェンを使ったFETの量産時期は「早くても2010年代後半」(米Intel Corp.,Vice President,Technology and Manufacturing Group,Director,Components ResearchのMichael C. Mayberry氏)になるようだ。