COLLEGE 製造業の“本当”を探求
 

第3回:スリル満点やね(1)

菊池 隆裕
2009/06/24 00:00
出典:日経エレクトロニクス、2001年8月13日号 、pp.197-200 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)
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(コラージュ:松本毅)

ケータイ市場に参入するも,低迷が続いたシャープ。大画面液晶パネル搭載機でようやくヒットを放つ。これに気をよくしてカラー液晶搭載機を投入するが他社もカラー機を投入,独走を阻まれる。さて,次なる手は…。舞台は広島から天理へ移る。

 1999年10月。天理にあるシャープ IC事業本部に,広島のパーソナル通信事業部から1本の電話が入った。製品企画を担当する植松丈夫からだ。

「植松さんやないですか。えらいあせって,どないしはりましたん?」
「ああ,あの件じゃけど。いよいよ本格的に動き始めようと思うて」
「は?」
「この前の会議で出とったじゃろ,あれよあれ」
「はぁ」
「急な話で悪いんじゃけど,5月に出すんは無理かのう」
「5月? 来年の5月ですか? えらい急なことで」
「他社からもカラーが出るんよ。早よう次の手を打って,とにかく先行せんと」
「気持ちはよう分かりますが,5月いうんは無茶ちがいますか。あと半年しかないんですよ。ハードウエアの開発に1年はかかるやろうから,いくら急いでも来年末の発売の機種になりますね」

「カメラ付き電話はプリクラ」

 この時から1カ月前,植松と山下晃司をはじめとするパーソナル通信事業部のスタッフは,IC事業本部がある天理事業所を訪れていた。携帯電話機に搭載するカメラ・モジュールの開発動向を探るためである。植松が「あの件」と言ったのは,ここで話題にしたカメラ・モジュールのことだった。

 1999年の夏くらいから,山下は同年末に発売する次機種の生産準備と並行し,次々機種の構想を練り始めていた。次機種では,カラー液晶パネルのメリットを強調するため,何種類かの待ち受け画面を搭載しておいた。こうすれば,ユーザーは自分の好みに応じて待ち受け画面を変えられる。だが,それだけでは物足りない。

 その次はカメラか。山下は漠然と考えていた。携帯電話機の進化をたどってみると,音声通信に始まって,電子メールやテキスト,メロディー,いまや画像までもダウンロードしたり,送信したりできるようになっている。そうなれば,当然画像を撮るためのカメラが欲しくなるはずだ。

 しかし,この読みに死角がないわけではない。カメラの搭載で先鞭をつけた京セラのPHS端末「VisualPhone」が,さっぱり売れていないのだ。パーソナル通信事業部の企画会議でも,その苦戦ぶりはちょっとした話題になっていた。トレンドは合っているはずなのに,なぜ売れない。何がまずいのか…。

奈良県にあるシャープ 天理事業所を訪れたパーソナル通信事業部の山下晃司氏(左)と植松丈夫氏(写真:柳生貴也=本社映像部)

 そう思案を巡らせていたとき,打ち合わせに参加していた社員が何気なく言った。

「カメラ付きの携帯電話機って,持って歩けるプリクラですよね」
「え?」
「カメラっていうと,風景を撮るものと思うでしょ? でも,わざわざケータイのカメラで風景撮るって,何か違うと思いません?」
「まあ,女子高生が風景写真を夢中になって撮るとも思えんわな」
「テレビ電話機能とかも宣伝してるけど,そんなもん,女子高生が使うかなぁ」
「……」
「でも,女子高生とかって,プリクラをベタベタとケータイに張ってるじゃないですか。プリクラって,写真ですよね。あれをもっと手軽にやれるようにすれば,ゼッタイ受けると思いません? プリクラのあるところまで行かなくても,その場でプリクラが撮れて,それを壁紙にしたり,人にあげたり…」

 目から鱗,とはこのことか。確かに,彼女たちは,友達や「カレシ」と一緒に撮ったシールを所狭しと張り付けている。ストラップもしかり。そうすることで同じ機種が何十万台とあるケータイを,この世に1台,自分だけの携帯電話機に変えているのだ。

 ところがVisualPhoneでは,テレビ電話機能を最大の「売り」にしている。どうもユーザーの要求とメーカーの提案との間にズレがあるようだ。これが,売れない原因の1つかもしれない。

フツーの電話にこだわる

 カメラ付きが売れないんじゃない。要は提案の仕方。そこさえうまくやれば,きっと売れる。そうなると,次なる課題は実現方法だ。

 カメラといってすぐに思い付くのは,デジカメ(デジタル・スチル・カメラ)に搭載されるCCD型の固体撮像素子(以下,CCD)だ。しかし,CCDの消費電力は非常に大きく,とても携帯電話機には使えない。

小型・低価格を売りにする携帯型機器で使われるCMOSセンサ(写真:シャープ,バンダイ,京セラ)

 調べてみると,CCDと並ぶカメラ・モジュールとして,CMOSセンサ型固体撮像素子(CMOSセンサ)というものがあるらしい。しかも,社内にそれを開発しているグループがあるという。

「なあ,CMOSセンサってどんなもんか知っとるか」
「『高精度のCCD,小型・低価格のCMOS』なんて言いますけど」
「それくらいワシでも知っとるわい。撮影した画像がどうなんか,それが知りたいんじゃ」
「そういえばこの間,天理事業所の営業の山下さんが,CMOSの話をしていましたね。何でも,ザウルス用に外付けのカメラ・モジュールを発売したんだけど,そこにCMOSセンサが入っとるらしいです」
「それじゃ」

 山下は早速,天理事業部営業の山下秀樹を通じてIC事業本部のメンバーに集まってもらうことにした。この会合で広島の山下は,携帯電話機の状況,今後予定している機種展開,そしてカメラ・モジュールに関心を寄せていることなどを一通り説明する。天理側からも,CMOSセンサに関する説明があり,実機を使い撮影もしてみせた。

 一連の説明が終わるや,早速天理側から質問が飛ぶ。

「外付けのモジュールじゃなく,内蔵型ですか?」
「ええ。カメラ付き携帯電話機として,大きいトレンドをつくりたいんです。オプションじゃとどうしても売れんので」
「よそからもカメラ付きの電話機が出てるみたいやけど,あまり売れてないんと違います?」

 山下は,以前のやりとりを思い出しつつ,逆に聞いてみる。

「どうして売れんのですかねぇ?」
「何でやろ。あれ使って,普段会えん恋人同士が話すなんて,ええと思うけどなぁ。テレビ電話って,日本では流行らんのですかねぇ」
「そうなんですわ。テレビ電話ゆうんは,どうもね。次にうちが出そうと思うとる機種は,テレビ電話用の端末というより,プリクラを意識したもんです。プリクラって,友達同士で一緒に写真を撮り合って,それを交換し合うんでしょ? あんなイメージですわ」
「ほお,プリクラねえ」

「それと,大きさにも原因があるとみています。いくらカメラ付きだといっても,あんまり大きいのはさすがに売れんでしょ」
「それはありますわ。VisualPhone,店頭で見たけど,ほかの機種に比べて一際大きいですもんねえ。あれはアカンわ」
「そうなんですわ。そんなわけで,試作機を作るに当たってお願いしたいのは,それぞれの部品を小さくするということです。ほかの携帯電話機と変わらない大きさでカメラ付きにしたいんです」

 だんだん,広島側の思惑が聴衆に染み渡っていく。

「ところで,どれくらい作ればいいもんやろ」

 早くも出荷数量を心配しだしたのは,信号処理用のIC開発を担当する矢田朗である。専用のICを開発するとなると,設計,工場のラインの確保などで,1年くらいは助走期間が必要になる。やるとなれば,真っ先に動き出す必要があるのが彼だった。

「あくまで想定ですが,1日1万台,1カ月で30万台くらいかと」
「え,ほんま?」

 矢田が驚くのも無理はない。1日1万台というのは,専用ICとしては破格の数字である。矢田は,以前開発したICの生産を工場に依頼した際に,「ゴミみたいな数やね」と言われたことを思い出していた。確かに,画像処理用ICの数など,メモリに比べれば微々たるものだ。でも,今回は違う。

「月30万台ちゅうことは,累計で100万台を超えるかもしれん。これ突き付けて,工場の連中あっと言わせたろ」

―― 次回へ続く ――

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