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PS2は分解してもスゴかった

浅見 直樹,新井 将之,坂本 真一,堀切 近史=日経エレクトロニクス
2009/06/05 00:00
出典:日経エレクトロニクス、2000年3月13日号 、pp.47-54 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)
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日本の家庭に現在最も普及している据置型ゲーム機「プレイステーション2(PS2)」。2000年の発売以来,2008年12月までに全世界で累計1億3600万台以上が販売され,世界中の子供から大人までを虜にしてきた。ブロードバンド回線の普及率が10%にも満たなかった2000年に,予約方法をインターネットとするなど,売り方までもが「次世代を担う」意欲を強く感じさせるゲーム機だった。技術的にも,高速動作のLSIを搭載したり,DVD-ROMドライブや高速インタフェースなどパソコン並みの機能を盛り込むなど,革新性に満ちあふれている。

PS2が開発された1990年代後半の日本は,バブル崩壊の後遺症が残る厳しい経済状況にあった。そのような時代にあって,PS2の開発エンジニア達は次世代の夢とグランドデザインを描き,新たな時代の担い手になろうと,熱い思いをたぎらせていた。PS2の内部からは,エンジニア達の開拓者精神と,開発グループの見事な連携,そして完成度高くまとめ上げた設計者のこだわりを見ることができる。


 2000年2月18日,ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の次世代ゲーム機「プレイステーション(PS)2」の予約受付が始まった。予約方法はインターネット。「さすが次世代を担う家庭用情報端末」と思わせる売り方だ。いずれは,PS2自身がこうした家庭の消費活動を支えるプラットフォームになることだろう。しかし,受付開始から1分後,インターネット直販会社「プレイステーション・ドットコム・ジャパン」のサーバがダウンする。「1分間に最大40万件から50万件のアクセス。これはインターネット史上,最高の数」(SCE代表取締役社長の久多良木健氏)。一般消費者の期待がいかに高いかを示したトラブルだった。3月1日には,プレイステーション・ドットコム・ジャパンから顧客情報が流通したことが判明,インターネット時代の危険な側面をかいま見せながら発売予定日の3月4日を迎えた。早朝7時,店頭での販売が始まる。秋葉原の街では5000人を超える長蛇の列ができるほど,久々の大型ヒット商品の登場に日本全国が沸いた。このなかに久多良木健社長の姿もあった。東京都内各地の販売店を密かに視察していたのだ。ところが店頭での派手なイベントは一切なし。「これからの販売チャネルはインターネットが主流になる」というメッセージなのか。同じころ,インターネット経由で予約した顧客の手元にも続々とPS2が届けられていた。その数,発売から三日間で合計72万台。かくしてPS2という名の「トロイの木馬」は,全国のリビングルームで静かに鼓動を始めた。(写真はすべて栗原克己)

 プレイステーション(PS)2の発売日を指折り数えて待っていたのは,一般消費者ばかりではない。エレクトロニクス技術者もまた,この日が来るのを待ちわびていたことだろう。パソコンに代わってテクノロジ・ドライバとなるこのゲーム機には,どのような技術が詰め込まれているのだろうか。そう想いをめぐらしつつ。

 搭載されるLSIについては,すでに性能や内部構造が明らかになっている。筐体の外観もまた周知。それでもなお技術者が興味をかき立てられるのは,高速動作のLSIをコンパクトな筐体にどう押し込めたかという疑問があるからだ。「発熱への対処は?」,「放射雑音対策(いわゆるEMI対策)は?」,「コストを削減する工夫は?」,…。その答えは,すべてPS2のなかにある(図1)。

図1 PS2を解体
図1 PS2を解体
AV機器設計者,パソコン設計者,メインフレームの実装技術者,熱設計の専門家,プリント配線基板の専門家の合計5人がプレイステーション2の解体・解析作業に取り組んだ。3月4日午後。

放熱対策より質感を優先?

 PS2を初めて手に取ったAV機器設計者は,本体の表面をなでながら,「やっぱりプラスチックにこだわるのか」とつぶやいた。AV機器では,筐体に金属材料を使ってシールド性を高める場合が多い。PS2は,一般的なAV機器よりも高速に動作する部品を搭載している。当然,「放射雑音対策を重視すれば,金属ケースを採用したくなるところだ」という。

 ところがPS2は筐体に,従来機や競合他社機と同様のプラスチック材料(ABS樹脂)を採用している。こんなうわさがある。「ソニーでは,一度決めた機器のデザインは絶対に変更しない」。それは少々大げさだとしても,このうわさを事実と思わせるに足るエピソードはいくつもある。たとえばカメラ一体型VTRの「TR55」が開発されたときもそうだった。まず外観を決め,次にそれを実現するための技術を開発した。今回のプレイステーション2でも同じように,デザインや質感を最優先に,機器開発を進めたのだろう。

 AV機器設計者から本体を手渡されたメインフレームの実装技術者は,表面にはられたラベルに目をやった。「放射雑音対策の認定を受けたことを示すVCCIのマークがない。玩具という範ちゅうの製品であればVCCIを取得する必要はないが,かといって放射雑音対策を無視しているとも思えないし・・・」。ケースを空ける前から,技術者の関心は放射雑音対策に集中していた。

シールド板で全面保護

 いよいよ分解。ケースを取りはずした瞬間,現場にいた技術者からどよめきが起こった。「おぉ,これだったのか。完全防備だ」。彼らの目に飛び込んできたのは,全面を金属のシールド板で覆われたメイン・ボードだった(図2)。しかもシールド板には,多くの爪が付けてあり,これがプリント配線基板の接地面と接触している。通常の民生機器がシールド板をねじ止めする場所だけで接触させているのに対し,実に細かい配慮といえる。かつて,「ここまで完璧にシールドした機器は,ほとんど見たことがない」とパソコン設計者は舌を巻く。

図2 ケースを空けたらシールド板
図2 ケースを空けたらシールド板
メイン・ボードの両面ばかりでなく,ケースの裏面にも金属製のシールド板が付いている。まるで金属の服を2重に着込んでいるかのようだ。

 よく見ると,メイン・ボードの上下だけでなく,ケースの内側にもシールド板が張ってある。つまり外見はプラスチック製でも,内部では,金属服を2重に着込んでいるのだ。さらにケースに付いている冷却用の通気孔には,カーボンの導電性メッシュが取り付けられている。こうすることで,通気孔から小さな異物が入り込むことを防ぐ。加えて,放射雑音対策の効果もあるという。「寸分も放射雑音を漏らさないという設計者の気合いが,ひしひしと伝わってくる」(実装技術者)。

巨大なヒートシンクが出現

 次に,シールド板をはずし,メイン・ボードをケースから取り出す。メイン・ボードのプリント配線基板がむき出しになるのではという期待に反して姿を見せたのは,巨大なヒートシンク(放熱板)だった(図3)。メインCPUの「Emotion Engine」やグラフィックス描画用LSIの「Graphics Synthesizer」といった特定部品にヒートシンクが装着されていることは予想されたが,メイン・ボード全体を覆うほどの大きさに,解体を担当した技術者全員が息をのんだ。

図3 巨大なヒートシンク
図3 巨大なヒートシンク
シールド板をはずすと,メイン・ボード全体をヒートシンクが覆っていた。

 このヒートシンクが,消費電力50WのPS2における放熱対策の主役である。ヒートシンクは,冷却ファンの風を通すスリット部のほかに,129個の突起部からなる(図4)。表面積を大きくすることで,放熱効果を高める。

図4  ヒートシンクは特注品
図4 ヒートシンクは特注品
通気用のスリット部のほか,129個の突起部からなる。質量は370gと重い。

 ヒートシンクは一体型の構造のため,もちろん特注品になる。アルミニウム鋳造で作る。熱設計の専門家は,「これほど形状が複雑な金型を用意するには,多大なコストがかかる。数百万台あるいは数千万台という規模で売れることが約束されている機器でなければ,こんな大胆な設計はできない。数がなせる力業」と脱帽する。

 このヒートシンクは370gとかなり重い。それでもこれを採用できたのは,このゲーム機が据置型だからこそといえる。ノート・パソコンなどではとても考えられない選択だろう。

 Emotion EngineやGraphics Synthesizerを覆う箇所には,ヒートパイプが付いている。このヒートパイプを通して熱を逃がす。さらにヒートパイプとプリント配線基板の間には,高熱伝導ラバーが敷かれていた。LSIに密着したこの特殊なラバーが熱を伝達し,ヒートパイプに伝える役割を果たす。熱設計専門の技術者は,これを興味深そうにつまみ上げた。「これっ,すごく冷たい。熱伝導を高めるために練り混まれた金属フィラーが断面からみえる。フィラーの粒が粗い。特別に開発したラバーではないか」。

初期ロットとは思えない

 ヒートシンクをはずすと,ついにプリント配線基板が露出した。予想されたことだが部品点数が少ない。BGAパッケージに封止されたEmotion Engine,Graphics Synthesizer,直接実装されたDirect Rambus仕様DRAMが2チップ,それに3個のASICが目に付く。

 ここでパソコン設計者が首をかしげた。ASICは1個だと思い込んでいたからだ。米LSI Logic Corp.が開発したASICには,プレイステーション1の機能だけでなく,各種の入出力インタフェース回路が内蔵されているはずだった。ASICが3種類あるという予想外の展開にパソコン設計者は,「プレイステーション1用が一つ,PCMCIAカードの制御用が一つ,もう一つはIEEE1394とUSB用と,3チップに分けたのではないか。あまりに多くの機能を1個のLSIに盛り込むと動作検証に手間がかかるうえ,インタフェースの仕様変更にも追従しにくくなる」と分析する。

 プリント配線基板には,フェライト・ビーズや雑音対策用のコンデンサの数が少なかった。USBでは必須とされている,過電流を防ぐポリスイッチも見当たらない。「巧みに設計したから不要になったのか,コスト削減のためかはわからない」(パソコン設計者)。

プリント配線基板にも雑音対策

 プリント配線基板の厚みは1.27mmで,6層または8層のもよう。デスクトップ・パソコン用の4層基板に比べて層数が多い。特殊な基板ではないようだ。表面の層はほとんどが接地面で,信号線の配線は少ない。特に,Rambus仕様DRAMの配線はすべてプリント配線基板の内部の層に押し込んだ。放射雑音対策のためである。Rambus仕様DRAMについては,インピーダンス整合を取りやすいという効果もありそうだ。

 信号線のパターンにも工夫がみられる。直角にならないよう斜めに配線することで反射を減らす。信号線とグランド線を交互に並べてクロストーク雑音も抑える。

 プリント配線基板は,無駄を感じさせない。ジャンパ線も見当たらない。「初期ロットの製品とは思えない完成度。このプリント配線基板だけをみても,設計者がいかに思い入れをもっているかが伝わってくる」(プリント配線基板専門の技術者)。

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DVD-ROM装置に回路がない

 最後に,電源とDVD-ROM装置を取りはずす。電源は特に目新しいものではなかった。

 電源は無負荷時に+8.5Vを供給する。単一電源である。メイン・ボードの裏側に実装したDC-DCコンバータで,異なる種類の電圧を発生させる。

 DVD-ROM装置は汎用品ではなく,ソニーがプレイステーション2用に独自開発したものだ。CDとDVD用の2種類の波長に対応した,いわゆる2波長レーザの光ピックアップを採用している。思っていたより光ピックアップが小さい。

 DVD-ROM装置側には回路部品がほとんど見当たらない。DVD-ROM 装置内の基板にはサーボ制御用と思われるICがポツンと実装されているだけだ。メイン・ボードの裏側に実装されている部品がA-D変換器や信号処理回路とみられる。熱の発生源となり得る多くの部品を,放熱対策が万全なメイン・ボード側に移すことによって,DVD-ROM装置側の冷却を不要にした。

 パソコン用の汎用品であれば,DVD-ROM 装置側にすべての回路をもたせなければならない。DVDプレーヤなら一部の回路をメイン・ボードに実装することもあるが,ここまでの設計が可能だったのはプレイステーション2専用のDVD-ROM装置だからといえる。

解体作業を終えて

 解体作業を終わった技術者は,「やっぱりすごい」と口々にもらしていた。放射雑音対策や放熱対策の徹底ぶり,プリント配線基板の完成度の高さに,設計者のこだわりを感じるという。

 特に,DVD-ROM装置の部品設計などは,複数の開発グループが見事に連携しない限り,成功し得ない。「みんなが一つの目標に向かって協調しなければ,こうしたコンカレント設計(同時並行設計)は不可能だ」(AV機器設計者)。「よほど強力なプロジェクト・リーダがいたということだろう」(メインフレームの実装技術者)。

 こうして出来上がったPS2の内部は,「まるで工芸品のよう」(パソコン設計者)な美しさすら漂わせていた。

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