高輝度青色発光ダイオード開発物語の最終回。第1回から第3回では,開発者の中村修二氏が入社してから初めて青色発光ダイオードが光るまでを追った。今回はいよいよ大団円。高輝度発光ダイオードが完成する。最初のGaN発光ダイオードは光ったが,暗かった。中村氏はpn接合型からダブルヘテロ構造への転換を決意する。ここからは速い。開発はトントン拍子に進み,ダブルヘテロ構造に不純物を入れて発光中心を設け,1cdの輝度を実現,製品化にこぎつけた。信号機など,応用機器も続々現れ始めた。

 1992年4月,米国から帰国した中村氏は,ダブルヘテロ構造の実現を目指し,InGaN膜の成長に没頭する(表1)。ダブルヘテロ構造をGaN発光ダイオードに導入すれば,輝度は格段に向上するはずだ注1)

【表1 青色発光ダイオードの開発過程】
表1 青色発光ダイオードの開発過程
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注1)この当時完成していたのは,pn接合型の発光ダイオードである。pn接合型は,p型とn型の半導体を接合させただけの,単純な構造になっている。pn接合に順バイアスを加えて電子を注入し,ホールに再接合するとき光が発生する。一方のダブルヘテロ構造の発光ダイオードは,発光層よりエネルギ・ギャップが大きい半導体層で発光層を挟み込んでいる。発光層と周囲の半導体層との接合が,両側ともヘテロ接合(異材料間の接合)になる。pn接合に順バイアスを加えるとき,注入されるキャリアはすべてバンドからバンドへ遷移(再接合)するわけではない。キャリアの大部分は,電極に流れ出してしまい,ムダになる。ダブルヘテロ型の場合,発光層のエネルギ・ギャップは周囲よりも小さくなっている。このため発光層にキャリアが閉じこめられ,再接合の確率が高くなる。このため,ダブルヘテロ構造にすればpn接合型より輝度を高くできる。

 同じころから,中村氏の研究グループに資金と人材が投入され始めた。社長の,製品化に対する意気込みの現れだった。GaN発光ダイオードの研究には,すでに億単位の額を投資してきた。日亜化学工業にしてみれば,清水の舞台から飛びおりるほどの決断である。それが,やっとの思いで光るところまでこぎつけた。それを一日も早く売れるものにしたい。投資を決めたものとして,社長の思いは至極当然なものだろう。

 しかしその思いが,中村氏の行く手をさえぎる大きな障害となった。社長は,少々暗くてもいいから,pn接合型の発光ダイオードを製品化したいとあせる。一方で中村氏は,pn接合型に見切りをつけている。研究を次のステップに進めたい。短期間で成果を出す自信はある。