マイコン業界がこれで分かる
NECエレクトロニクスとルネサステクノロジが得意なマイコンは,そもそもどういうチップなのか。現在,マイコン業界の構図はどうなっているのか。マイコンとSoC(システムLSI),さらにはASICやASSPとの違いは何か。こうした疑問に答える記事を,日経マイクロデバイスが2008年11月号の特集として掲載した。以下にその全文を転載する。なお,両社の統合のインパクトはこちら

ロジックLSIメーカーにとって半導体事業の根幹となるマイコン(マイクロコントローラ)。これまでマイコン業界は,独自のプロセサ・コアをベースに製品展開する勢力がリードしてきた。リードを取るメーカーに日本企業が多いのもマイコン業界の特徴である。そのマイコン業界に変化の波が押し寄せている。携帯電話機プロセサ・コアの雄の英ARM Ltd.と,パソコン向けマイクロプロセサの勝者の米Intel Corp.がマイコン市場に参入してきた。日本メーカーを中心とする老舗メーカーと,海外メーカーを中心とする新参メーカーの戦いが始まった。

 業界内で競争を繰り広げてきたマイコン市場で,目を引く発表が2008年に2件あった。一つは9月29日に東芝が行った。同社は国内の大手LSI メーカーでは初めて,英ARM Ltd.の組み込み向けプロセサ・コア「Cortex-M3」を集積したマイコンを発売した。もう一つの発表は,米Intel Corp.が3月3日に行っている。x86アーキテクチャで最も低い消費電力というプロセサ・チップ「Atom」を発売し,組み込み市場への本格参入を宣言した。これまで独自プロセサ・コアのチップでマイコン市場をリードしてきた老舗企業がARMやIntelを迎え撃つ。

日本はマイコンの国

 「日本はマイコンの国。マイコンを次の世代のエンジニアに伝えるのが,われわれの務め」。こう語るのは,パナソニック セミコンダクター社 汎用事業本部マイコン・ディスプレイドライバビジネスユニット ビジネスユニット長の吉田潤史氏である。実際,マイコン(マイクロコントローラやMCUとも言う)は,日本メーカーが市場で高いシェアを握る,数少ない LSIになっている。

 市場調査会社の米Gartner, Inc.によれば,マイコンの世界市場で売上高の多い企業のトップ10には,4社の日本メーカーが名を連ねる(2007年の年間売り上げ。以下同)。一方,半導体全体のトップ10では日本は2社にすぎない。同じく調査会社の米iSuppli Corp.によればマイコン市場のトップ10には日本のLSIメーカーが5社登場するが,半導体全体では日本メーカーは3社に減ってしまう。

 特筆すべきは日本メーカーの順位である。どちらの調査会社の報告でも,トップ3のうち2社が日本メーカーとなっている。1位はルネサステクノロジで,そのシェアは20%前後に達する。2位と3位のメーカーのシェアは10%前後で拮抗している。2007年は米Freescale Semiconductor, Inc.が2位,NECエレクトロニクスが3位である。

 このような日本メーカー優位の市場に,力のある海外企業が進出している(図1)。携帯電話機向けSoC(system on a chip)の業界標準プロセサ・コアを持つ英ARM Ltd.と,パソコン(PC)向けマイクロプロセサ市場の覇者の米Intel Corp.である。どちらも,まだ,老舗のマイコン・メーカーを脅かすまでには成長していない。しかし,それぞれのバック・グラウンドでの力量を考えると,予断を許さない。準備が遅れると,市場を新参メーカーに席巻されるかもしれない。以降では,ARMとIntelの参入によって起こりうるマイコン市場の変化や,既存マイコン・メーカーの戦略の動きを見ていく。

図1 マイコン市場に2艘の黒船が来航
図1 マイコン市場に2艘の黒船が来航
マイコンの中で今後の伸びが期待される32ビットの市場に,英ARM Ltd.と米Intel Corp.が参入した。両社の参加でマイコン市場の勢力図が変わる可能性がある。本誌が作成。