その伝送距離は極めて短い(図3)。信号が届く範囲は人体や服の表面から数mm~数cm程度である。セキュリティー用途に期待が集まっているのも,伝送範囲を限定できるからだ。アクティブRFIDなどの短距離無線で同様な仕組みを構築すると,IDタグの持ち主が数m離れていても他の人が解錠できてしまう。だが,人体通信なら利用者が読み取り装置のアンテナに触れないと通信が成立しないため安全性が高まる。

【図3 人体通信と他の無線通信との比較】人体通信は,通信距離が0~数cmと,他の通信方式に比べて極めて短いのが特徴(a)。伝送速度は数kビット/秒から10Mビット/秒以上と,幅広い(b)。
図3 人体通信と他の無線通信との比較
人体通信は,通信距離が0~数cmと,他の通信方式に比べて極めて短いのが特徴(a)。伝送速度は数kビット/秒から10Mビット/秒以上と,幅広い(b)。
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 電波を外部に発信しないので,他の無線通信に比べて消費電力が小さいのも魅力。例えばカイザーテクノロジーのICの消費電力は「通信時で2~3mW程度,待機時は2~3μW程度」(同社の加藤氏)だという。他の無線通信に比べ1~2桁低く,携帯機器に組み込む上で大きな利点となる。

 特殊な部品を使わなければ,部材コストも低い。「ICカードと同程度で済む」(イトーキの吉田氏)。イトーキは,生体認証機能を組み込んだ製品も展開しているが,セキュリティー性は高いものの部材コストも高く,指紋や網膜などの登録に手間が掛かるのが難点だった。そこで目を付けたのが,低コスト・低消費電力で利便性の高い人体通信というわけだ。「量産すれば数百円程度で済むのでは」(人体通信技術に詳しいアンプレット 代表取締役社長の根日屋英之氏)という見方も多い。

携帯電話機やウエアラブルにも

 期待されているのは,セキュリティー用途だけではない。電子マネーに適用すれば,サイフやカードをポケットに入れたままで買い物ができる。

 自動車部品メーカーが狙うのは,クルマのキーレス・エントリー・システムだ。今は短距離無線を使っており,キーを車内に残しての施錠やエンジンの誤始動などを防ぐため,キーが車内/車外のどちらにあるかを検出するアンテナを車室のあちこちに埋め込んである。だが,人体通信は利用者がキーを携帯していないと機能しないため,これらのアンテナが不要になる。

 高速伝送の技術開発も進んでおり,高画質の画像や動画の伝送も夢ではない。そうなれば「ウエアラブル・コンピュータが用途として有望」(アンプレットの根日屋氏)となる。また,医療機器への適用に期待する声も多い。電子機器に対する電磁雑音の影響に敏感な医療現場では,無線通信は利用に制限が課せられるが,人体通信は周囲への影響が極めて小さく,より広く利用できる可能性があるためだ注1)

注1) 現在,IEEE802.15.6で人体周辺の機器や人体内部のセンサなどの間で無線通信を行うための近距離無線通信方式「Body Area Network(BAN)」の標準化が進んでおり,医療やヘルスケアなどでの利用が期待されている。UWBをベースとしたものになる見込みだが,将来は人体通信も一手段として検討対象となることも考えられる。

―― 次回へ続く ――