2009年2月17日。長引いていた富士通のHDD事業売却交渉が決着した。相手は,当初譲渡先として取りざたされた米国のHDD専業メーカー,Western Digital Corp.ではなかった。最終的に富士通の要求をのんだのは,国内でHDD事業を手掛けるもう1社,東芝だった。
実は東芝は,HDDと競合する技術の開発で世界をリードしている。NANDフラッシュ・メモリと,それを内蔵したSSD(solid state drive)である。SSDは,現在ノート・パソコンが用いるHDDをいずれ置き換えるとみられており,多くのメーカーが我先にと,こぞって市場に参入している。中でも東芝は,「ノート・パソコン向けにおけるSSD市場のうち,最低でも50%を獲得したい」(同社 社長 西田厚聰氏の2008年5月の発言)と鼻息が荒い。
なぜ東芝は,自ら置き換えを狙う装置の事業を,あえて強化するのか。
東芝の決断の背後に見えるのは,さまざまなデジタル機器が用いる記憶装置(ストレージ)の未来である。SSDがHDDを完全に駆逐する日は,おそらく当分来ないだろう。その代わりに両者は,それぞれの長所を生かしてすみ分ける。これまでのストレージの歴史を振り返り,その光で現在の状況を照らしてみると,こうした将来像が浮かび上がってくる。
高密度化がストレージの命
これまでストレージの主役に君臨し続けてきたのがHDDである。並み居る競合技術を押しのけてその座を維持できた理由は,他の技術と比べて常に安価に大容量を実現できたことにある。
HDDは,データを高密度で記録する技術を追求することで,この要求に応えてきた注1)。実際HDDの記録密度は,誕生以来の50年余りで,実に2億倍になった(図1)注2)。
注1) 高密度化が進み,より小さい面積で多くのデータを格納できるようになると,同じ材料費のままで大容量を達成可能になる。逆に,容量を変えなければ,材料費を減らして装置を安くすることができる。
注2) 1956年に登場した史上初のHDDの記録密度は2kビット/(インチ)2。最近のHDDでは,400Gビット/(インチ)2に達している。