上り回線は単一搬送波に

 (3)の端末の低消費電力化に向けた方式というのは,端末から基地局に向けた上り回線の伝送技術を指す。LTEでは,上り回線の伝送方式に下り回線と異なる方式を採用して,端末の送信回路の消費電力を下げ,電池駆動時間の延長を目指す。

 LTEが端末から基地局の上り回線に利用する伝送方式は,シングルキャリアFDMA(SC-FDMA)と呼ぶ手法である。下り回線で使われるOFDMAでは複数の搬送波を用いるが,SCFDMAは単一搬送波である点に違いがある。

 単一搬送波を採用することで,複数搬送波に比較して送信回路の消費電力を低減できるのは,送信回路のパワー・アンプに対する性能要求を緩和できるからだ。一般に複数搬送波を用いるOFDMの信号をパワー・アンプで増幅して送信する場合,極めて高い線形性と,低い歪み特性を持つパワー・アンプが求められる。OFDMの信号を時間軸で見ると,中心周波数が異 なる多数の搬送波の信号を重ね合わせた形になるからだ。このためピーク時の電力と平均電力の比率(PAPR:peak-to-average power ratio)が大きくなってしまう。入力信号レベルが低くとも高くとも,歪みなく追随する性能が求められることになる。

 一般にこうした低歪みで線形性の高いパワー・アンプは,消費電力が大きくなる。このため,モバイルWiMAXなどの上り回線にOFDMを利用する伝送方式を携帯端末に適用した際に,電池駆動時間を減少させる要因として問題視されている。

 LTEは上り回線にSC-FDMAを採用して,この問題を回避した。当初から携帯端末の設計を考慮に入れていたためだ。RF回路の設計者などから「モバイルWiMAXとLTEを比較すると,LTEの方が端末の送信回路の設計がずっと楽」と,評価が高い。

プロセス微細化で利用可能に

 SC-FDMAは回路に波形等化器を用いて,反射などの影響によって乱れた波形を元に戻す処理を実行する。このために,直交周波数分解とFFT等化を組み合わせる。

 これまでSC-FDMAのような手法が採用できなかったのは,波形等化器の回路規模が大きく,携帯端末などに搭載するのは非現実的とみられていたからだ。等化器の処理に必要な演算量は,伝送速度の高速化に対して指数関数的に増加する。だが,半導体プロセスの微細化が進み,回路規模の大きな等化器でも通常のCMOS LSIで実現する道筋が見えてきた。LTEが普及期を迎える2012年~2013年では携帯電話機用ベースバンドLSIには32nm以下のプロセスが適用されると見られており,こうした等化器などの技術の採用が可能となるだろう注1)

注1) 無線LANなどでは現在,OFDMを活用した伝送方式が全盛期を迎えているが,これらはいずれも等化器の実現が困難であることを前提にしたものである。今後,プロセスの微細化によって大規模な等化器の実現が容易になれば,LTEのように等化器を利用する通信方式が増える可能性もある。

 SC-FDMAはさらに,LTEだけでなく,将来はモバイルWiMAXに採用される可能性も出てきた。現行モバイルWiMAXの規格「IEEE802.16e」は上り回線にOFDMを用いるが,策定中の次世代規格「IEEE802.16m」では,上り回線にSC-FDMAの利用が提案されている。フィンランドNokia Corp.など携帯電話端末メーカーが,携帯端末でモバイルWiMAXを利用した際の駆動時間を延長するために提案しているもようだ。仮にオプション技術として盛り込まれれば,WiMAXの携帯端末の消費電力低減にも効果を発揮することになる。