モバイルWiMAXサービスの開始によって,ユーザーがモバイル・ブロードバンドの価値を認識してくれるという効果に対する期待もある。LTEの導入が本格化する2012年には,機器メーカーや通信事業者がハードウエアを安く入手できる状況と,ブロードバンド接続が可能な機器をユーザーが待ち望んでいる状況が同時に訪れることになる(図4)。そこに世界中の通信事業者が一斉にLTEになだれ込む。コモディティー化のスピードは,3Gの比ではないだろう。

図4 モバイルWiMAXの存在がLTEの普及に寄与
図4 モバイルWiMAXの存在がLTEの普及に寄与
2009年ごろに商用サービスが本格化するモバイルWiMAXは,先行市場では無線LANの代替,BRICsなどの新興市場では固定通信回線の代替として普及する見込みだ。基地局のハードウエアや端末の送受信チップセットの一部はLTEと共用化するため,LTEのサービス開始に先駆けて技術的な完成度を引き上げる役割を果たす。LTEのサービスが2010年以降に世界各国で一斉に始まることと相まって,通信方式としての汎用化が一気に進む可能性が高い。

 LTEは,ユーザーに二つの利点をもたらす。通信料の低下と,通信の「イライラ」の解消である。

 LTEは,無線アクセスの区間に設置していた無線ネットワーク・コントローラ(RNC)を基地局に統合する。それでも,「1局当たりのコストは3Gと同等にできるだろう」(ある通信機器メーカーの技術者)とみる。周波数利用効率がHSPAに比べて最大で6倍になり,さらに広い周波数幅が利用できれば,基地局当たりの伝送容量は数十倍になる。基地局用ハードウエアの設置費用は「RNCを外付けにしていたときよりも,むしろ安くなるはず」(前出の技術者)である。長い目で見ればビット当たりの通信料が数十分の1になる可能性を秘めている。

低遅延化で端末が変わる

 「大容量のデータをダウンロードしたときに待たされる」「接続を確立するまでに時間がかかる」「サーバーとのリアルタイムの通信が難しい」といった,ユーザーのイライラの原因も解消する。データ伝送速度が高まるだけでなく,遅延時間が短くなるからである。接続を確立するまでの時間(制御遅延)は現行サービスの数秒が100ms以下に,無線アクセス区間の片道のパケット伝送時間(伝送遅延)は現行の数十msが5msと,いずれも1ケタ短くなる。

 この遅延時間の短縮により,これまで端末に閉じていた機能やデータが,ネットワークに溶け出すことになるだろう。サーバー上の機能やデータを,あたかも端末内に存在するように利用できるようになるからだ(図5)。

【図5 端末の機能やデータがネットワークに溶け出す】 遅延時間の短縮を実現するLTEの導入により,端末の姿が変わる。ネットワーク上の機能やデータを,あたかも端末内に存在するように利用できることになる。これまで端末に持たせていた機能やデータをネットワークの先に置くといったシン・クライアント化が進みそうだ。
図5 端末の機能やデータがネットワークに溶け出す
遅延時間の短縮を実現するLTEの導入により,端末の姿が変わる。ネットワーク上の機能やデータを,あたかも端末内に存在するように利用できることになる。これまで端末に持たせていた機能やデータをネットワークの先に置くといったシン・クライアント化が進みそうだ。
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 2008年7月に3G版が登場した米Apple Inc.の「iPhone」は,こうした思想の先駆けといえる。例えばiPhoneの地図ソフトウエアは,Google社の地図サービスが提供するデータを閲覧するWebアプリケーションである。常にネットワークに接続できることを前提として端末にデータを内蔵せず,最新の地図情報を毎回ネットワーク経由で取得する。こうした思想は,事前にインストールされたものだけでなく,後からユーザーが追加できるサード・パーティー製のものにも広がっている。現在の2Gや3Gのネットワークでは,こうしたソフトウエアの利用に待ち時間を伴いがちだが,LTE後にはユーザーが通信の待ち時間を感じにくくなる。「セキュリティーを重視した端末のシン・クライアント化や,法人用の電話帳をサーバーで管理するサービスなどを実現できる」(NTTドコモ 代表取締役社長の山田隆持氏)。