そうした中で,世界各国の携帯電話事業者はLTEを本命視している。これまで提供してきた音声通話のサービスを重視しているからだ。モバイルWiMAXはLTEと似た技術を用いているが,データ通信のスループットを最大化するという思想に基づく。このため,音声通話のパケットが届く時間を保証しない。「パソコンでのIP電話ソフトウエアなどと同様に,音声が途切れたりする可能性が高い」(NECモバイルRAN事業部 統括マネージャーの近藤誠司氏)。

 その代わりモバイルWiMAXは,データの伝送効率が高く,基地局や端末のコストも低くなる。第2世代のGSM方式が主流の国や地域などでは,当面の手段として音声通話用のGSMと高速データ通信用のモバイルWiMAXを並存させる事業者もありそうだ。ただし,長い目で見ると,維持・管理コストを抑えるためにはネットワークを統一することが望ましい。音声通話の品質低下を望まない事業者はLTEに一本化し,音声通話の品質にはこだわらずにネットワーク構築コストの抑制を優先する事業者はモバイルWiMAXに一本化することになりそうだ(第2部「LTEは日本と米国が基点に,インドやアフリカはWiMAX」参照)。

普及に時間がかかった3G

 LTEの展開は,第3世代移動体通信システム(3G)のときと大きく異なる。もともと2000年ごろの導入を目指していた3Gは,国内ではNTTドコモがW-CDMA(wideband-CDMA)方式を2001年に導入し,KDDIが2002年にCDMA2000方式を導入した。だが,海外では導入が遅れ,例えば欧州で導入が本格化したのは2004年のことだった。2方式に分かれていた上に市場拡大のスピードが遅かったため,基地局や端末の価格が思うように下がらなかった。さらに,「端末価格の10数%を支払うこともあった」(ある携帯電話機メーカーの知的財産権担当者)という特許ライセンス費も,機器の価格低下を押しとどめる要因になっていた。LTEはこうした反省を踏まえて離陸する(図2)。

図2 3Gの反省を生かす
図2 3Gの反省を生かす
携帯電話事業者は,3Gの反省点を踏まえて慎重にLTEを準備してきた。端末や基地局などの価格が思うように下がらなかったのは,汎用化のスピードが遅かったり,特許ライセンス料が高かったりしたからである。標準化団体である3GPPで仕様策定の段階から議論してきたLTEでは,商用サービスを世界の事業者がほぼ同時に開始しようとしている。さらに,特許ライセンス料を低く抑えるための取り組みも進めている。

 通信事業者や通信機器メーカーが集う3GPPで標準化を進め,特許ライセンス費を低く抑えるための枠組み作りにも取り組んだ注1)。LTEの導入に積極的なNTTドコモは「サービス開始時点から,海外とのローミングにも対応させる。そのために,他の事業者と協調しながら進めていく」(同社 執行役員 研究開発推進部長の尾上誠蔵氏)。普及のための準備が入念に進められてきたLTEを,世界の事業者が一斉に導入することになる。

注1) 2008年4月に,Alcatel-Lucent社,Ericsson社,NEC,NextWave Wireless社,Nokia社,Nokia Siemens Networks社,Sony Ericsson Mobile Communications社の7社が,LTEの特許ライセンスの枠組み作りで協力することに合意したと発表した。LTEの特許ライセンス費の総額を「携帯電話機は販売価格の10%未満」「ノート・パソコンは10米ドル未満」にすることを提案した。また2008年6月には,Alcatel-Lucent社,Cisco Systems 社,Clearwire社,Intel社,Samsung Electronics社,Sprint Nextel社の6社がモバイルWiMAXの特許プールを行う団体「Open Patent Alliance」を設立した。