2009年1月にシステムLSI事業とディスクリート事業を分社化する意図を示した東芝は,つい一年前には全く逆の戦略を描いていた。それぞれの事業を,2009年度には世界市場で三位以内にすることを目指していたのである。同社の拠り所は,世界的に強いフラッシュ・メモリ事業の余勢を駆って,他事業をも強化する作戦だった。フラッシュ・メモリ向けに培った最先端の製造技術を強みに,システムLSIやディスクリートでも製造力で勝負しようというのだ。想像を上回るフラッシュ・メモリ市場の悪化が,同社のもくろみをうち砕いた格好である。東芝がかつて描いた将来像を,2008年4月の日経エレクトロニクスの特集記事で振り返る。(2009/02/27)

HD DVD撤退会見に隠されたもう一つのメッセージ

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 2008年2月19日,HD DVD事業の終息を認めた緊急記者会見で東芝は,もう一つの重要な案件を同時に発表した。それが,NANDフラッシュ・メモリの生産能力増強である。新工場を2棟同時着工し,総額1兆7000億円以上の投資を敢行するというアグレッシブな内容。同社代表執行役社長の西田厚聰氏は会見の中で,「今回は,歩みを止めて再構築すべき事業とさらなる前進を図る事業の二つを説明した」と語り,選択と集中の意義を強調した。

 今回の会見には,選択と集中のほかにもう一つ,重要なメッセージが隠されていると見る向きがある。「視線はポストBlu-ray Discにある。家庭内ネットワークの記憶媒体をNANDフラッシュ・メモリと小型HDDで牛耳ろうとしているのだろう」(フィノウェイブインベストメンツ 取締役社長の若林秀樹氏)。HD DVDで一敗地にまみれた東芝が,得意とするNANDフラッシュ・メモリやHDDでいずれBlu-ray Discを置き換え,「江戸の敵を長崎で討つ」のである。現在既にビデオ・カメラの記録媒体の本命の座はNANDフラッシュ・メモリが奪いつつある。 Blu-ray Discが強いとされるパッケージ媒体もコンテンツをネットワークで配信する方法に取って代わられるかもしれない。東芝がBlu-ray Disc関連事業を手掛けないのも,こうした将来展望と整合する。

 明言こそしなかったが,今回の会見の中で西田氏はこうにおわせている。「今後,本格的に到来が迫っているデジタル・コンバージェンス時代の次世代映像事業として,NANDフラッシュ・メモリや小型HDDなどのストレージ技術,画像処理技術,無線技術,暗号処理技術など当社の強みを生かした中長期的な計画を構築していく」。

 東芝が発表したNANDフラッシュ・メモリへの1兆7000億円超の大規模投資は,このようなビジョンを現実化するための強い意思表明といえる。巨大な量産能力と他社に先行する技術力を両輪にして,価格暴落が続くNANDフラッシュ・メモリ事業で他社をしのぐコスト競争力を確保し続ける。これにより,「盟友関係にある米SanDisk Corp.と合わせて40%の世界シェアを取る」(西田氏)構えだ。

 東芝は近年,春に経営方針説明会を開催している。早ければ来春の経営方針説明会で,「ポストBlu-ray DiscはNANDフラッシュ・メモリと小型HDDが担います」と息巻く西田氏の姿が見られるかもしれない。