「仮のアンテナ」で本数を稼ぐ

 複数のアンテナを利用して特定の方向だけに電波を発射したり,干渉波の来る方向にヌルを当てたりすることで電波の利用効率を高める研究は国際電気通信基礎技術研究所(ATR)なども進めている。同社はこれを「電波の立体交差」と呼び,「高速道路を立体交差させるように電波も空間や方向の違いで多重することで,電波の利用効率を従来の4倍にできる」(ATR 波動工学研究所 無線方式研究室 室長の太郎丸真氏)とみている(図9)。この電波の立体交差をより有効に機能させるには,無線LANで利用するような電波の利用状況を端末が事前に把握する「キャリア・センス」を,むしろしない方がよいといった,常識破りの結果も出ているという。

図9 空間多重通信を低コストで実現へ
ATRは,空間多重通信を駆使することで電波の利用効率を高める研究を行っている。(a)は,4本のアンテナ素子のうち,給電は2本にしかしない「MuPAR(複数給電パラサイト・アレー)アンテナ」の様子。4本すべてに給電する場合に比べて,D-A変換器の数などを減らせるのがメリットである(b)。このMuPARアンテナは,3本のアンテナ素子を使うスマート・アンテナと同等の性能を備える。3本のアンテナ素子を使えば,同じ物理伝送速度でも最大4倍の実効伝送性能を得ることができる(c)。

 こうした研究の中で,ATRは方向制御機能を持つアンテナで素子をどこまで減らせるかといった研究も進めている。電波の方向を高い精度で制御するには,一般にアンテナの本数は多いほどよい。「8本ぐらいあると理想的だが,実装を考えると3~4本が現実的」(ATRの太郎丸氏)。ただし,3~4本のアンテナを利用する場合でも,回路側はD-A変換器を素子の数だけ実装する必要があり,回路規模や消費電力は無視できないほど大きくなる。

 ATRは4本のアンテナ素子のうち,給電する素子は2本だけに抑え,残りはD-A変換器もなく給電もしない寄生素子として使う技術「MuPAR(複数給電パラサイト・アレー)アンテナ」を開発した。寄生素子の特性を可変容量の制御でチューニングするだけで,3本のアンテナ素子に給電する場合と同等に方向制御ができる

 課題は,通信相手の方向を素早く見つけるような使い方には向いていないこと。「すべての素子に給電するシステムに比べて,方向の適応制御には10倍以上の時間がかかる。ただし,一度方向が分かれば, その後はMuPARの手法が有効になる」(太郎丸氏)。

参考文献
2) 村野ら,「Cognitive wireless cloud を実現する無線機に関する研究開発~ ハードウェアプラットフォーム マルチバンドアンテナ部 ~」,信学技報, vol.106, no.556,pp.59—66,2007年2月.

――次回へ続く――