何人かの技術者や研究者に意見を聞いたところ,「数本のアンテナを2~3組ずつ使い分けることでMIMOによる高速化,ダイバーシチ,そしてビーム・フォーミングを同時に利用しているのではないか」(ある無線技術の研究者),「アンテナの向きを90度,または180度変えて配置してあり,偏波の違いを利用してアンテナ素子間のアイソレーションを高めようとしている」(アンプレット 代表取締役社長の根日屋英之氏)といった指摘があった。

†アイソレーション=アンテナ素子間で一方からもう一方への信号の漏れの程度を示す量。アンテナ素子への入力信号と,漏洩信号の電力の比(dB)で示す。この値が高いほど,信号の漏洩が少ない。

MIMO対応携帯電話機に使える

 このアンテナ素子の設計をNETGEAR社に提供したのは,米Rayspan Corp.という2006年春に設立されたばかりのベンチャー企業。メタマテリアルを用いたRF素子の特許を持つUCLAと契約して使用権を排他的に獲得し,メタマテリアルを利用した各種のマイクロ波向けRF素子の設計で起業した注2)

注2) Rayspan社のビジネスモデルは,アンテナ素子の製造や販売でなく,設計のライセンス販売である。同社の創業者でPresident & CEOのFranz Birkner氏は,そのライセンス・ポリシーを「アンテナの開発は機器メーカーなどパートナーと共同で進めることになるが,ライセンス料は開発段階では要求せず,製品になってから頂くことになる。我々としては,敷居はできるだけ低くしてパートナーとWin-Winの関係を築いていきたい」と説明する。

 Rayspan社は,メタマテリアルを使うメリットとして,アンテナ素子を小型にできること以外に,放射界や分散特性の設計自由度が高くアンテナ素子間のカップリングを低減しやすいこと,既存のプリント基板製造の技術や材料で製造できること,などを挙げる。「二つのアンテナ素子の放射界を重ならないように設計することで,素子間の距離を1/15~1/25波長まで近づけられる。アンテナはプリント基板上でほぼ平らで,製造コストも低い」(Rayspan社 CTOのMaha Achour氏)注3)

†分散特性=媒体中を伝搬する電磁波の周波数と波数の関係。媒体の誘電率や透磁率の値によって変化する。

注3) NETGEAR社の無線LANアクセス・ポイント「WNDR3300」の価格は110米ドル前後で,同じ「IEEE802.11nドラフト2.0」に準拠する他社のアクセス・ポイント製品の1/3前後と非常に安い。

【図4 アンテナ素子1本でMIMOが可能】 米SkyCross社のモバイルWiMAX用無線ドングル。アンテナ素子1本に給電点を複数付けて,あたかも2本のアンテナ素子であるかのように利用できるという。放射界同士がほとんど重ならないため,アンテナ間の相関は小さく,MIMO向けアンテナ素子として利用できるという。
図4 アンテナ素子1本でMIMOが可能
米SkyCross社のモバイルWiMAX用無線ドングル。アンテナ素子1本に給電点を複数付けて,あたかも2本のアンテナ素子であるかのように利用できるという。放射界同士がほとんど重ならないため,アンテナ間の相関は小さく,MIMO向けアンテナ素子として利用できるという。
[画像のクリックで拡大表示]

 同社はメタマテリアルを用いたアンテナは,携帯電話機などでも有効だとする。「800MHz帯を含む5バンド対応の携帯電話器でも素子長を1/15~1/20波長にできる。あるいは4本の2.4GHz帯MIMO用アンテナが,効率を落とさずに48mm×8mm×0.8mmといったスペースに収まる。小型で内蔵しやすいので,端末の美観を損ねない」(Achour氏)。

素子1本でMIMOを実現可能

 メタマテリアルの他にも,MIMOを想定した新しい小型アンテナ素子の技術が登場している。米SkyCross Inc.が開発した,素子1本でMIMOを実現できるというアンテナである。1本のアンテナ素子に給電点を複数設けて,あたかも複数本のアンテナ素子のように利用する(図4)。発表後,携帯電話機の大手メーカーから,引き合いが相次いだという。