こうした活動を通じて、今後どのような変化を期待しますか。

石井 一般的に、TVなどの家庭用の電子機器は、20~30年の間、画質音質や使い勝手はどんどん進化していますが、その一方で、今までになかった“新しいライフスタイルを提供する新しい顧客体験”という観点では非連続なイノベーションは起こっていないと私は感じています。今までにはない新しい楽しみ方がなかなか出ていないので、一般論として、スペック競争や価格競争に陥いりやすくなってしまいます。

 ユーザーの行動を見ると、必ず家には数時間はいます。セカンドスクリーンを活用することでテレビを今までとは全く違った形で楽しんでいただける可能性があると考えています。スマートフォンやタブレット、PCなどによるプラスアルファのアイデアで、テレビ業界も盛り上がり、コンシューマエレクトロニクスが復活し得る。それくらいスマートフォンは面白いものを作る起爆剤になり、TVや電子機器業界全体も元気になるといいなと思います。

小林 UXマーケティング部門を作ったときに、「ソニーにはUXをマーケティングするプロが多い」と常に社内で言っていました。ソニーが作ってきたウォークマン、ハンディカム、サイバーショットは単なる商品ではなく、新しいユーザー体験を作ってきたものです。VaioもそれまでのパソコンのUXとは違う新しいAVとの連携を提案しました。

 新しいUXを広めるマーケティングをするときには、どんなにお金を使って広告してもそれだけでは絶対にダメです。ユーザーにそれを実際に体感してもらわないといけません。

 その際に、体感する場所をどうやって作るか、ユーザーにそういう場所で心地よく体感してもらうためにどういう人を育てるのか。それらのノウハウをきちんと理解しているマーケティングのプロは、ソニーの社内には大勢います。

 それらの活動をやってきた結果、世界中にある2000を超えるソニーショップが出来上がっています。新しいUXを提案することに関しては、世界中のどの会社にも負けないマーケティングのプロが世界中に大勢いることに関しては絶対的な自信を持っています。

これまでは、製品のスペックに関心が集まる傾向がありました。体験を起点とするということは、商品企画の考えも変わるということになりますか。

石井 スペックを訴求するということは、何をする機器なのか固定概念としてあるということを意味します。今後は、顧客体験で語る方向に持っていきたいと思っています。

 ですから、当然、商品作りも変わります。私のチームで企画したタブレットを最初の導入時に販売会社や内部の関係者に説明するとき、意図的にスペック表を前面に載せないようにしました。「UXをお客様に届けてください」というメッセージを強く出しました。