【図1】業務プロセスごとの利益率の調査結果(ものづくり白書)
【図1】業務プロセスごとの利益率の調査結果(ものづくり白書)
[画像のクリックで拡大表示]
【図2】ムサシカーブ
【図2】ムサシカーブ
[画像のクリックで拡大表示]
【図3】情報家電産業における日本企業のシェア。川上のほうが競争力が高い
【図3】情報家電産業における日本企業のシェア。川上のほうが競争力が高い
[画像のクリックで拡大表示]

 日本の製造業が厳しい競争に勝ち抜いていくためにはどうしたらよいか,どこに注力したら勝てるのか---。勝ちパターンを分析しようという試みがあちこちでみられるようになってきた。ナノテク・新素材のサイトなので「材料」の視点を中心にしつつ,しかしかなり大きなテーマなので,何回か連載するつもりで,製造業の競争力の源泉について考えていきたい。今回は,2005年6月に発表された「平成16年度ものづくり白書」を糸口にする。

 同白書では,2004年に過去最高益を記録した製造業の強さを分析し,その好調さを維持するにはどうしたらよいかを提言している(日経ものづくり2005年7月号詳報「『日本の強さ』を細かく分析。ものづくり白書は『材料』に注目」参照)。

「製造・組み立て」の利益率が高い

 ことしのものづくり白書を見て,特に興味深いと思った指摘が二点ある。第一は,製造業400社弱の企業から回答を得た調査結果で「研究」「開発・設計・試作」「製造・組み立て」「販売」「アフターサービス」といった業務プロセス(工程)別に「どの業務プロセスがもっとも利益率が高いか」と聞いたところ「製造・組み立て」がもっとも利益率が高いと答えた企業が多かったことだ。

 「製造・組み立て」を実行している企業(360社)の中で44.4%の企業が「製造・組み立て」がもっとも利益率が高いと答えた。続いて「販売」(325社)の30.8%,「アフターサービス」(257社)の10.5%,「開発・設計・試作」(335社)の8.4%という結果だった(図1)。

 業務プロセスの流れを横軸にとって,利益率のグラフを描いたものとして有名なのが「スマイルカーブ」。「製造・組み立て」の利益率が最も低いことから笑った口元に似た曲線を描くことからスマイルカーブと呼ばれる。今回の結果はそのまったく逆の曲線,むしろ「製造・組み立て」の利益率が最も高い,いわゆる「ムサシカーブ」を描いている(図2)。

 日経ものづくり誌は2004年10月号の特集「技術者発 儲かるものづくり」で,ムサシカーブの重要性を指摘したが,ものづくり白書の調査結果でもその妥当性が証明された結果となった。ムサシカーブの名付け親は,ソニー 中村研究所 所長の中村末広氏である。二刀流の一方の刀で市場の変化を確かめた最適な出荷を,もう一方の刀で材料や部品の最適な調達を行うことで,在庫を減らすことで収益を改善できるという考え方である。

 ものづくり白書では,業種別にどの業務プロセスの利益率が高いかを聞いた調査結果も発表しているが,「製造・組み立て」が最も高い答えた業種は自動車産業で,66.7%に上っている。また,中小企業だけに同じ質問をした際にも「製造・組み立て」が63.1%と高かった。これは,特に製造分野で,なかなか他社が真似ができない材料の成形・加工法などが利益率の源泉であると考えている企業が多いことを示していると思われる。

競争力高い部材産業

 ものづくり白書でもう一つ興味深かったのは,材料産業が日本の「強みの源泉である」と指摘した点である。情報家電産業を例に,材料や部品メーカーが最終製品メーカーに比較して,高いマーケットシェアを持つという調査結果を公表した(図3)。

 白書で例として挙げているのが,液晶パネルの偏光板。偏光板として一般に使われているのは,ヨウ素系材料を吸着させたPVA(ポリビニルアルコール)を延伸することで分子の方向をそろえ,そこを通る光の振動方向が一定になるようにしたフィルムである。しかし実際の液晶パネルに使われている偏光板はそんなに単純なものではなく,多くの高分子フィルムを積層した構造になっている。防眩・反射防止フィルムやTACフィルム(保護フィルム),粘着フィルム,位相差フィルム…などだ。原料はアクリル樹脂などだが,各用途向けに原料を調整,加工してフィルム化する技術は日本の材料メーカーの独壇場である。

 日本の材料メーカーがこのように競争力を高めた要因には,10年,20年という長いスパンで材料研究・開発を行っていた点が挙げられる。1970年~1980年代にかけての新素材ブームでシーズとして生み出した素材を,ブームが去った後もコツコツと特性を向上させ,用途を開拓し続けた努力が花開いたのである( 日経ものづくりのブログ「新素材のサイトをスタートさせます」に関連記事)。真似をしたいと思っても,そう簡単に同じものが製造できるわけではない。

 ものづくり白書では「わが国に集積する部材産業は,川上~川中~川下の各段階での擦り合わせを可能にし,近年のデジタル家電などの新製品開発の成功要因となった」と高らかにうたう。

共同開発の相手はグローバルに

 ただ,素材産業にとってビジネスの相手は日本のデジタル家電産業だけではない。例として挙げた偏光板の例で言えば,最大の顧客は韓国Samsung Electronics Co., Ltd.である。材料開発は,原料→材料→部材という流れの中で,ユーザーサイドとのすり合わせを密にしなければ進まない,という特徴を持っている。日本の材料メーカーは,最大の顧客であるSamsung Electronics社との共同開発を活発化させている。

 先週,Samsung Electronics社の液晶ディスプレイの最高責任者であるSan-Wan Lee氏のお話をうかがう機会があった。現在,Samsung Electronics社は液晶ディスプレイのテレビ向け市場を拡大することを最大の目標に掲げており,パネル価格を大胆に下げ,徹底的なコストダウンを進めていると語った(インタビューの内容は10月発行の「日経FPD 2006戦略編」に掲載予定)。

 液晶ディスプレイでは,パソコン向けでは40%~50%だった部材コストがテレビ向けでは60%に増えると見られている(日経マイクロデバイス2005年6月号特集「韓国液晶戦略」p.35)。さらに大型になると75%に達するとされる。

 Lee氏は,部材コストダウンの戦略は以下の三つだと言う。

(1)使わなくても済むようにすること(例えば,輝度向上フィルムが必要ないように液晶側で輝度を上げる)

(2)使う個数を減らすこと(LSIの個数,偏光板用フィルムの枚数の削減)

(3)部材を安く作ること。

 Lee氏は「内製することもコストダウンの一つだが,すべての部材を自分で作るのは無理。部材メーカーと協力して,コストダウンを進めたい」という。

 Samsung Electronics社は,抜本的なコストダウンのために,製造方法や液晶の部材構成そのものにメスを入れようとしている(日経マイクロデバイス2005年7月号「Samsungの液晶生産革新宣言」参照)。マスクやスパッタ装置を使わずに,印刷法によるロール・ツー・ロール法によって液晶パネルを作ろうというものだ。同社は,部材メーカーや装置メーカーにこうした方針を示し,共同開発を進めようとしている。そのキャスティングボードを握るのは,日本の部材,装置メーカーに違いない。

 さて,次に問題になるのは,そうした状況の中で,日本の川下側の産業は材料をどう使い,材料メーカーとどう連携したらよいのか,だ。次回のコラムでは川下産業の競争力の源泉について考えてみたい。