「馬鹿、どうでしょう」。二週間に一回、Tech-On!編集部の赤坂女史から、こんな件名の電子メールが届く。知らない人が見るとぎょっとするかもしれないが、これは本欄「さよなら技術馬鹿」の原稿を催促するメールである。

 「さよなら技術馬鹿」というコラム名に込めた筆者の思いについては、別掲ページに掲載した。もともとTech-On!編集長の原田氏から「とにかく風変わりなものを書いて欲しい」と依頼されたので、コラム名も風変わりにしてみた。

 楽屋裏の話になるが風変わりなものを書くのはそれなりに難しい。赤坂女史の丁重な催促メールが来る前に原稿を提出しようと思うのだが、これまでのところ定期的にメールを受け取っている。

 今回は特に苦労した。ソニーのことを何か書くつもりであったがなかなか書けず、別なネタにしようかと考えていたところ、筆者の原稿を待ちきれなくなった、日経ビズテック編集長の仲森がご覧の通りのイラストを先に描いてしまった。このイラストを見ながら、ソニーと無関係な原稿を書くという手もあるが、上長である編集長に逆らうのは危険であるから、やはりソニーについて書く。

 経営と技術の関わり、あるいは経営者と技術者の関わりを考えるにあたって、ソニーは恰好の企業と言える。それならなぜ筆者は困っているのか。ソニーがあまりにも有名な題材であり、多くの経営誌や技術誌がソニーを取り上げているからだ。いや、新聞や雑誌に頼る必要もない。インターネット上でもソニーについての議論があちこちでなされている。関連情報が溢れかえる中、本欄で何を言ったらよいか。考え込んでいるうちに無限ループに入ってしまった。

 いささか強引かもしれないが筆者の結論は、ソニーにこそ、「さよなら技術馬鹿」という言葉が当てはまる、というものである。顧客やビジネスに関心がない技術馬鹿ばかりの会社は早晩行き詰まる。といって管理を強め、技術馬鹿を追い出してしまってはやはり会社は成長できない。

 筆者がここ一、二カ月の間に聞いた話を二つ紹介する。どちらもすでに指摘されていることだが、一つは「昔のソニーは技術者が奔放に振る舞えた」という話である。大手製造業の技術責任者を経て、現在はソフト会社の顧問をしている人物は筆者にこう言った。

イラスト◎仲森智博
 「私の大学時代の同級生がソニーに勤めていたのですが課長で辞めました。なぜ辞めるのかと聞くと『詰まらなくなったから』という。盛田さん(昭夫氏、元会長)が健在のころは、彼なんかにも電話をかけてきて『ちょっと来て欲しい』と呼び出したそうです。あるアイデアを話して『これをやってみてくれないか』と聞く。彼の立場で断れるはずがないからとにかく引き受ける。そのかわり『盛田さんの案件です』というと、金も人も使い放題だった。ところが経営者が代替わりして、もう少し近代的な経営にしようと合議制に変えた。その結果、誰もが理解できる製品の企画しか、会議を通過できなくなった。だから詰まらない、というわけです」

 もう一つの話もよく言われることだが紹介しておく。ある経営コンサルタントに「ソニーの最大の問題は何か」と聞いたときの答えである。

 「ソニーのよきDNAを結果的に傷つけてしまい、その後遺症がまだ残っているということでしょう。かつては技術者が現場で面白いものを勝手に作り、経営が『何かないか』といったときに『これはどうでしょう』と出せる余裕があった。ポケットの中にいつも何か入れていたわけです。ところがカンパニー制を取り入れ、事業ごとの収支を厳密に管理するようになり、『今後は勝手に開発するな。会社が優先順位を付けるからポケットに入っているものを全部出すように』と言って、おもちゃを取り上げてしまった。ここに来て、経営陣は『新しい製品をなぜ出せないのだ』と言っているが、現場の技術陣の本音は『全部あなた方に渡したでしょう。ポケットは空っぽです』というところです。問題は単純なわけですが、DNAの復元は容易ではないかもしれません」

 創業者が築いた、技術者がやる気を出す社風をどう維持し、しかも複雑多岐に渡った事業をどう管理していくか。かつて優良と言われた企業の経営者たちが苦しんでいる問題と言える。例えば、米ヒューレットパッカード(HP)もそうだ。少し前にHPに関する原稿「CEOを更迭したソニーとHP、復活のカギは『技術者が思いきり働ける職場』」を書いたが、古き良きHPのエピソードはソニーとそっくりである。

識者7人、OB6人が勝手に考える


 実は、今回の本欄でソニーを取り上げようと思ったのは、明日26日に発売される日経ビズテック第7号でソニーを特集したからである。特集でソニーを取り上げようと考えたのはかなり前にさかのぼる。2003年には、インターネット上で読者の皆様からご意見を募集したこともある(「ソニーが構造改革へ、どの不採算事業を切るのか」)。

 なかなか特集を組めなかったのは先に書いた通り「ソニーについて何を語るか」を決めかねたからである。メディアは今「どうした、ソニー」という論調でほぼ統一されている。他のメディアと同じことをやっても仕方がない。

 編集部の面々でうなった結果、編集長の仲森が「勝手に考えるソニー再生計画」というアイデアを出した。国内外の経営コンサルタント、学者、経営者、そしてソニー出身者の方々に、「私がソニーのトップだったらこうする」という考えを書いてもらおうというのである。その結果、『イノベーションのジレンマ』の著者であるクレイトン・クリステンセン氏をはじめとする7人の識者と、6人のOBの方々が「勝手に」考えて下さった(第7号の目次についてはこちらを参照)。また特別講義という別なコーナーに登場いただいた大前研一氏も寄稿の中でソニーについて語っている。

 特集記事が出来上がって面白いと思うのは、各々の意見がばらばらであることだ。例えば、エンターテイメント事業をどうするかについて正反対の意見が開陳されている。筆者の個人的感想を述べると、ポッカコーポレーション社長の内藤由治氏による「技術者が奮い立つ仕組みを」が興味深かった。技術者への期待が強く表明されていたからである。

 Tech-On!読者の皆様もぜひ、ソニー再生計画を勝手に考えて頂きたい。ソニー、ひいては日本の技術系企業が再生するには「経営のことも考える技術者」が不可欠である。

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