ワールドテック代表取締役の寺倉修氏
ワールドテック代表取締役の寺倉修氏
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──確かに、新技術は人目を引きますが、安定した品質で量産できなければ顧客は発注しませんね。しかし、量産技術を磨くだけではいつまで経っても中核技術の水準が上がらないのではありませんか。

寺倉氏:ところが、実際には中核技術を解決する技術力も高まっていくのです。なぜかと言えば、100万個造って1個も品質不具合を出さない取り組みは、並大抵でできることではありません。それでもやりきるべく努力し続けていると、その会社に技術的なノウハウが積み上がっていく。すると、中核技術を開発する技術力も上がっていくのです。その結果、例えばシンプルなメカ製品を生産していた会社が、あるときから電子系のメカトロ製品を造れるようになり、さらには半導体を使った複雑な部品でも量産できるようにスパイラルアップしていくのです。

 事実、愛知県三河地方にある大手部品メーカーは、こうしたスパイラルアップで成長してきました。あるときに、ぱっと特別にすごい技術を開発して一気に成長した会社など1社もありません。実際には「この製品は絶対にしっかり造るぞ」と頑張ってやりきっていたら、いつしか「もう少し技術水準の高い製品を発注してもらえた。これもしっかりやりきろう」という段階が来る。これを繰り返した結果、今があるのです。

──では、こうした総合力とも言える設計力を高めるために、具体的にはどうしたよいのでしょうか。

寺倉氏:私は設計力の中身を分析し、7つの要素に分解しました。まず、[1]設計の手順(設計プロセス)をしっかりと決める力です。顧客のニーズを聞いてから図面を後工程に送るまでの仕事の手順をきちんと決めて、それをやり抜くことが大切です。

 続いて、[2]技術力。ここに、多くの設計者が「設計力の要」と思い込んでいる中核技術を解決する力が含まれます。ただし、技術の対象は他にもあって、その中で最も重要だと私が思うのは、過去の失敗から学んだ技術です。なぜなら、他では学ぶことができないからです。

 どこまで深く学べるかは別として、多くの技術は専門家や専門書、学会論文などから知ることができます。それはそれで大切ですが、一生懸命に勉強したら誰でも同じことを学べます。これに対し、自社が失敗したことによって得た、品質不具合から学んだ技術上の教訓はその会社だけのもの。しかも、それは大金を投じて得た教訓です。例えば、リコールを1件出し、100万台規模のクルマに対策を施す必要が生じた場合、一体、いくら掛かるでしょうか。最近では100億円規模の対策費用が掛かることもざらにあります。リコールまでいかなくても納入不良でも工程内不良でも同じこと。リカバーするために、多くの人が動かなくてはなりません。ここから得た教訓にはものすごく価値がある。だからこそ、重要な技術力だと言うのです。

 次に、[3]CADやCAEをはじめ、設計支援ツールを使いこなす力。QC7つ道具や信頼性工学、FMEAやFTAで知られる故障解析などから最適なものを選び、タイムリーに使える力が必要です。

──これらの3つだけで十分設計できそうな感じがしますが、まだまだあるのですね。

寺倉氏: はい。続いて、[4]人と組織の力です。具体的には、設計者にはリーダーシップを発揮できる力と、顧客との折衝力が必要となります。

 実は、技術計算ができて図面が書ければ一流の設計者だと思う人は今なお多いのですが、それだけでは十分とは言えません。現在のものづくりは、設計だけではできないからです。品質保証や生産技術、生産、材料関係などさまざまな専門技術や知識を持つ人とのチームプレーにより、現在のものづくりは成り立っています。設計者は、こうした多くの関係者から力を引き出して総合力を高める役割を担うのです。設計者だけが図面を描くと思っていたら大間違い。図面は全社の力で描くものなのです。

 例えば、ブラケットの図面を描くとします。CADの前に座って形状を描く。これを設計と思い込んでいる人が、世の中には意外に多いと思います。でも、これでは「漫画」にすぎません。技術的な根拠がないからです。このブラケットを樹脂で造るとして、加工できる形状でなければなりません。きちんと性能を満たして使用環境に耐える樹脂材料でなければなりません。すると、樹脂の物性はもちろん、樹脂の成形法(生産技術)も分かっていなければ設計することはできません。

 「L」字形のプレス部品を造るとします。安価でシンプルな形状の部品ですが、曲げた部分のR(曲率半径)を図面に描く必要があります。ここで、例えば「R0.1」(R=0.1mm)と図面に示したところで、実際にプレス加工できるのでしょうか。この部品を外注するとして、取引先の現有設備で対応可能であることを確認したのでしょうか。例えば、「R0.2」と比較して、性能やコストにどのような差が出るか分かっているでしょうか。

 設計者の多くは、樹脂成形やプレス加工にそれほど詳しくありません。プロではないからです。だからこそ、その分野の専門家の意見をきちんと取り入れていかなければならない。こうして多くの人の知恵を集めて図面に仕上げていくのが設計者の仕事です。このために、設計者にはリーダーシップが必要なのです。

 私自身、デンソーで設計を担当していた時に経験したのですが、人にはそれぞれ思いがあり、設計者としてこうしたいと言っても、そっぽを向かれることが少なくありませんでした。品質保証部門や生産技術部門に相談に行っても、まともに答えてもらえないし、面倒臭そうに対応される。ところが、リーダーシップがあって「この人のためなら頑張ろう」という状態になると、図面の質が明らかに高まる。つまり、社内外の関係者の意識のベクトルを合わせるリーダーシップが設計者には求められるのです。

 加えて、設計者には顧客との折衝力も必要です。顧客あっての仕事だからです。よく「図面さえ描ければいいんだ」と言う設計者がいますが、そういう人に問いたい。なぜその仕事があるのかと。顧客から仕事を与えてもらったから、その仕事があるのです。このことを忘れてはいけません。

 顧客からの受注を得るには信頼関係が必要です。ここでよく、会社同士の信頼で仕事が与えられると言われますが、そんなことはありません。