農家が求めるのは「安く」「うまく」「早い」技術

 こうした経緯から、「猫も杓子も植物工場の状況」に懸念を感じるようになったある日、農業ベンチャーのルートレック・ネットワークスを取材する機会がありました。日経エレクトロニクスの2014年9月1日号の特集でも取り上げた企業で、今回は2度目の取材になります。同社は中小規模の施設園芸農家を対象に、ICTと養液土耕栽培を組み合わせた「ZeRo.agri」というシステムを提供しています。温室内の日照度や土中の温度、水分量などのデータに基づいて、水と肥料を混合した培養液を必要な量だけ供給するシステムです。センサーで計測したデータをクラウドに収集し、独自のアルゴリズムで点滴装置を制御します。2014年に取材した時点ではアルゴリズムが完成していませんでしたが、明治大学との共同実証などを経て、トマトやキュウリ用のアルゴリズムを提供できるようになったそうです。今後は花用などのアルゴリズムも開発する予定といいます。

 ZeRo.agriの特徴は大きく2つあります。1つは、化学肥料の与え過ぎによる環境汚染を最小限に抑えることです。近年、化学肥料に含まれる窒素が原因で土中の微生物が死滅したり、付近の地下水や河川が汚染されたりするケースが増えています。ZeRo.agriを使うと肥料の使用量を平均40%減らすことができ、汚染を抑えられるそうです。

 そしてもう1つが、導入や維持管理のコストの安さです。植物工場は人工光の照明や空調などの大掛かりな設備が必要なので、導入費用が数億円かかることが珍しくありません。電気代など設備の維持管理費も高額です。一方ZeRo.agriは、こうした設備を用いないことで初期費用を120万円、利用料を月額1万円(ともに税別)に抑えています。生産者が1~2年で初期投資コストを回収できる価格帯にしたとのことです。同社の代表取締役社長である佐々木伸一氏は「農家に足を運び、彼らの声を聞きながらシステムの開発を進めた」と説明します。現在は20戸の農家がZeRo.agriを使用していて、直近では熊本県八代市のトマト農家も導入したそうです。

 植物工場に投資できる人や組織はごく一部に限られます。日本の農業の中心的な担い手は、数~数十haの農地で営んでいる中小規模の農家です。国内の農地面積のうち、90%以上が中小規模農家といわれています。次世代農業というと、IT・エレクトロニクス×農業の最先端である植物工場の動向に目を奪われがちですが、現場が求めている「現実解」は植物工場ばかりではない。技術情報を報じる記者として、「ZeRo.agriのような中小規模の農家を対象とする技術にもしっかり目を向ける必要がある」と改めて実感しました。