近年、IT業界やエレクトロニクス業界と農業の距離が急速に近づいています。センサーやクラウドコンピューティングなどの技術を活用して、施設栽培のハイテク化や植物工場の事業化を目指す取り組みです。東芝や日立製作所、富士通、NEC、パナソニックなどの電機大手が続々と参入しています。日経エレクトロニクスでも、2014年9月1日号の特集「農業と創る電機の未来」でこれらの動きを取り上げました。

 私はこの特集の取材を進める中で、農業分野でのIT・エレクトロニクス技術の活用に強い期待を感じる一方、心のどこかに違和感を感じていました。それは、「植物工場」に対する世間や業界の過熱ぶりです。植物工場は、植物の生育環境(光や温度、湿度、二酸化炭素、養分、水分など)を高度に制御して野菜などを育てる栽培施設です。ビルなどの閉鎖環境で人工光を利用して植物を育成する「人工光利用型」と、温室などの半閉鎖環境で太陽光を利用して育成する「太陽光利用型」の大きく2つがあります。

“猫も杓子も”植物工場で大丈夫?

 電機各社がこぞって植物工場に参入している背景には、農業という新市場への期待感に加えて、電気製品や半導体などで培った生産管理技術やクリーンルームなどの設備を活用できることがあります。つまり、社内のリソースを再利用することで手っ取り早く始められるわけです。ただし、現在の植物工場で栽培されている品目はそんなに多くありません。リーフレタスやサラダ菜、フリルレタスなどのレタス類が中心で、その他にはハーブやトマト、ルッコラなどの野菜が生産されています。一部では苺などの果物の栽培も始まっていますが、消費者がスーパーマーケットなどで入手できるほどの量は市場に出回っていないようです。

 このように栽培可能な品目が限られている状況で、「“猫も杓子も”植物工場に参入して大丈夫なんだろうか」と思っていた矢先、植物工場のベンチャー企業である「みらい」が経営破綻したというニュースが飛び込んできました。同社は2004年に設立した植物工場の先駆け的な企業ですが、2015年6月29日、民事再生法の適用を東京地方裁判所に申請しました。信用調査会社の帝国データバンクによると2015年3月期は年間で約10億円の売上高をあげていましたが、2014年に増設した2工場の費用がかさんだことに加えて、植物工場の生産が安定しなかったことで資金がショートしたそうです。

 みらいが経営破綻したのは、「生産を安定化できなかった」という同社固有の理由もありますが、植物工場が現状では利益を生み出しにくいビジネスであることも一因だと思います。設備の初期投資や維持管理の費用が高い上に、栽培可能な品目が限られているので競争も厳しいからです。事実、国内で黒字化できている植物工場は少なく、大半が国や地方自治体の補助金で成り立っている状態です。ある大手電機メーカーの植物工場の担当者を取材したとき、黒字化の時期について聞くと「当面は補助金に頼らざるをえない」という歯切れの悪い答えが返ってきました。