ソクラテスの「無知の知」

 ところで、ビジネスの本質とは顧客価値を生むことであると言われて、そんなことは「当たり前」であり、分かっていると思う人は多いだろう。しかし、価値の本質を分かっていなければ、価値の一種である顧客価値の本質を分かっていることにはならず、顧客価値の本質を分かっていなければ、顧客価値を生むことであるビジネスの本質を分かっていることにはならない。

 同様に、企業の本質とはビジネスマンという人間の集まりであると言われて、そんなことは「当たり前」であり、分かっていると思う人も多いだろう。しかし、ビジネスの本質を分かっていなければ、ビジネスを行う存在であるビジネスマンの本質を分かっていることにはならず、ビジネスマンの本質を分かっていなければ、ビジネスマンの集まりである企業の本質を分かっていることにはならない。

 つまり、価値の本質を分かっていなければ、ビジネスの本質も、企業の本質も分かっていることにはならない。

 そして、価値の本質を分かっている人は、全くいないか、ほとんどいない(かく言う私も本当は分かっていないかもしれない)。だから、これを発信するのは社会的な勇気を要するが、厳密に言えば、ビジネスと企業の本質を分かっている人は、全くいないか、殆どいない。日ごろ、誰もが企業でビジネスを行っているにも関わらず、である。

 前回も述べたように、本質とは概して「当たり前」のことでしかないのに、事物の本質を見極めることは極めて難しい。また、誰かが見極めた本質を単に知ることは容易だし、それだけで分かった気になる人も多いのだが、誰かが見極めた本質が本質であると分かることも極めて難しい。

 そして、そうであるからこそ、我々は、哲学の祖ソクラテスが唱えた「人は、知っているつもりでも、多くの大事なことを知らない。そして、それを知ることが真の知へ至る出発点である」を意味する「無知の知」を胸に刻み、ビジネスにおける「真の知」を求めていかなければならないのである。