30年間、世界トップブランド維持の理由

 開発から30年近くの歳月を経た現在も、杉田クリップはいまなお世界のトップシェアを誇る。この間、欧米メーカーが自社開発製品を投入し懸命に市場奪還をはかるなかで、日本国内では70%、世界では50%を超える市場占有率を持つ。日本国産の医療器材でありながら、世界中に普及し、こんなにも長期間にわたって世界のトップブランドであり続けた製品はほかにないのではないだろうか。

 かつて全盛を誇った欧米メーカーが杉田クリップを凌駕(りょうが)する製品をどうしてつくれないのか。その疑問に対する答えは、製造現場を見るとわかる。

 さぞや最先端のハイテク技術を駆使して量産体制がとられているのだろうと思いがちだが、そうではない。もちろん工場内には各種の機械や装置が設置されているが、根幹となっているのは、長年の修練から生み出された職人芸ともいうべき「匠(たくみ)の技」である。

 杉田クリップには、血管をまたいで挟み込むことができるように窓がついている形状のものであっても、溶接部分が1つもない。溶接できれば楽な工程になるが、溶接部分が金属変化を起こすおそれがあるからだ。また、曲げの具合も品質に大きく影響する。曲げ治具には微妙な精度が要求される。バネ特性も重要だ。血管を挟みやすいように大きく開かなければならないが、ただバネ力が強ければいいというものではない。ピッと飛んで脳内に刺さったりしたら大変だ。

 40以上の工程のなかには、門外不出の技術である企業秘密が含まれている。ハイテクではなくローテクこそが容易に他からの追随を許さない要因となっているといえる。

「金属の棒1本から複雑な性能を持つモノをつくりあげていく。江戸時代から営々と積み重ねられてきた手加工芸が杉田クリップにも生かされている」と井上は述べている。

杉田クリップ製造工程
1本の線材から多くの生命を救う杉田クリップが生まれる
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