本質的な全体最適とは

 実は、企業価値を投資家にとっての価値とする考えは、「全体最適」ではなく「部分最適」を重んじる考えに他ならない。なのに、ややこしいことに、そう考える人は、企業価値を増大するために、企業グループ全体の最適という意味での「全体最適」を実現すべきであるとも言う。そして、世の中には「全体最適」のスタンダードな定義がないせいか、それを真に受けてしまう人も少なくない。しかし、企業グループ全体の最適も「全体最適」ではなく「部分最適」でしかない。

 では、「全体最適」とは、どのようなものなのか。

 繰り返すが、ビジネスの本質とは、単純化すれば顧客価値を生むことであり、よって、ビジネスの本質に登場するのは、顧客と、顧客に対価を伴う価値を提供する者の二者である。ならば、本質的に、ビジネスにおける「全体最適」の「全体」とは、顧客と、顧客に対価を伴う価値を提供する者となる。ここで、顧客価値は、顧客にそれを直接提供する者を企業と呼ぶときの、企業、従業員、サプライヤー、投資家などのステークホルダーが生む価値が集約されたものであるから、顧客に対価を伴う価値を提供する者とは、これらのステークホルダー全体だ。

 そして、顧客にとっての最適な状態とは、顧客に提供される価値が最大化されている状態である。また、この状態は、企業が顧客から得る対価も最大化されている状態であるから、企業から各ステークホルダーへの対価の分配が公正であることを前提とすれば、対価の最大の分配を受けられているという意味で、ステークホルダーすべてにとっても最適な状態であると言っていい。

 だから、「全体最適」とは、企業内の部門全体の最適でないのはもちろん、企業や企業グループ全体の最適でもない。顧客と、企業(グループ)、従業員、サプライヤー、投資家などのステークホルダー全体の最適であり、顧客に提供される価値が最大化されている状態であると同時に、他のステークホルダー全てが対価の最大の分配を受けられている状態であることになる。

 つまり、簡単に言えば、「全体最適」とは、顧客が最高に満足している状態なのだ。そして、これこそが、かつてソニーが求めた「出る杭」が重んじる「全体最適」なのである。

 ちなみに、ソニーの設立趣意書の経営方針には「会社の余剰利益は、適切なる方法をもって全従業員に配分、また生活安定の道も実質的面より充分考慮・援助し、会社の仕事すなわち自己の仕事の観念を徹底せしむ」ともあるし、「従来の下請工場を独立自主的経営の方向へ指導・育成し、相互扶助の陣営の拡大強化を図る」ともある。これらは、従業員とサプライヤーにとっての最適についての言及だ。

 また、趣意書は上場(1958年)前の1946年に書かれたものだから、そこに投資家にとっての最適についての言及はないが、会社設立の目的にある「日本再建、文化向上に対する技術面、生産面よりの活発なる活動」は、顧客にとっての最適についての言及である。 間違いなく、これを著したソニーの創始者である井深大さんは、「全体最適」を重んじる「出る杭」であったのだ。