企業価値は、投資家だけにとってのものではない

 以上で中期経営方針の基本すべてをカバーしたが、さらに、これまでの話の補足となることを幾つか書いておきたい。

 ビジネスの本質とは、単純化すれば、顧客価値を生むことであり、企業の本質とは、ビジネスを行う人間であるビジネスマンの集まりである。 ゆえに、本質的に企業とは顧客価値を生む存在であることになるが、かと言って企業は、顧客価値、すなわち顧客にとっての価値(=対価を伴う価値)だけを生む存在であるわけではない。従業員やサプライヤー、投資家などのステークホルダー(利害関係者)にとっての価値も生む存在だ。

 だから、企業が生む価値である「企業価値(Enterprise Value)」とは、その中で最も重んずるべきは顧客価値ではあるものの、企業が生むステークホルダー全てにとっての価値であるべきもので、それを特定のステークホルダーにとっての価値とする考えは、誤りである。

 よって、多くの経済・ビジネスの専門家とされる人たちが唱える、企業価値を投資家にとっての価値とする考えは誤りであり、この考えの根拠とされる、企業の所有者は投資家であるとの考えも、前々回も述べたように、企業の本質が人間の集まりである以上、企業を所有することは誰にもできないから、誤りである。

 つまり、企業価値を投資家にとっての価値とする考えは、二重に誤りであるにも関わらず、中期経営方針発表の場で、ソニーの社長である平井一夫さんもこの意味での企業価値を増大すると言っていた。

 なお、社会一般で行われている企業の所有は、所有者が投資家に限らず誰であろうと基本的人権の侵害にあたるから、企業の所有を認める考えに準じる法律はなくさねばならないはずである。

 しかし、企業の所有を認める考えはガチガチに常識化しているし、一旦所有と認められたものを無効化することもできなかろうし、利権も絡むだろうから、なくせるかどうか分からない(なくせたら、人類も捨てたもんじゃないと思うが)。当分、我々は、そうした法律に付き合いつつ、本質に準じたビジネスを行うことで実(じつ)を取っていくしかなさそうだ。