針金を曲げたクリップ状の試作を杉田から頼まれたとき、綿引にはこれまでの試作品づくりの一環であり、格別な思い入れはなかった。このときの会 話がきっかけとなって、のちに世界に先駆ける日本国産の「名品」と称えられる医療機器が誕生するとは、予想もしないことであった。

「杉田クリップ」の名を世界的に有名にした初舞台は、1981年、西ドイツのミュンヘンで開催された世界脳神経外科学会のサテライト・シンポジウムである。ここで杉田は、みずからが発案しミズホとともに開発した一連の器具を用いた脳動脈瘤手術の実技を、スライドとビデオ映像を使って発表した。杉田の発表は学会に集結した世界の脳外科医たちを圧倒した。

 脳外科手術は数ある手術のなかで最もむずかしい手術といわれている。そのなかでも、脳内の深部にできた動脈瘤破裂を防ぐ手術は、ことのほかむずかしい。杉田による手術実技の発表は、脳血管疾患のなかでも最も死亡率が高いクモ膜下出血の治療に挑むものであった。

 学会参加者たちが目を見張ったのは、患部周辺の複雑な血管や込み入った神経を絶妙な手技で損傷させぬように離したのち、従来のものとはまっ たく形状や性能が異なるクリップ類を用いながら、難度の高い部分に発生した動脈瘤のネック(首の部分)を、確実に挟み込んでいく光景である。

脳動脈瘤手術中の杉田医師
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 また、患部周囲に血管が複雑に入り組んでいるため、それらの血管を損傷することなくして治療は不可能と思われていた箇所の動脈瘤に対しても、いままで見たこともない窓のついたクリップを使って、入り組んだ血管をまたいで挟み込んでいく場面にも、息をのんだ。それは、あたかもミクロの世界に入り込んでサーカスの妙技をまのあたりにしているような驚異と感動を見るものに与えた。

 術後の経過がスライドで示されると、会場にどよめきが起こった。飛躍的に高い治癒率の数字が並んでいたからだ。なぜ、杉田が施した手術は、これまでと比較して信じられないような高い成果を上げるのか。その秘訣は、なにか。

 それは、脳動脈瘤のネックに挟み込むクリップにあることを、杉田は明かした。

 脳動脈瘤の治療においては、動脈瘤がさらにふくらんで血管壁が薄くなり破裂しないように、動脈瘤のネックをクリップ状の器具で挟み込む手法がとられる。クリップによって、風船のようにふくらんだ動脈瘤への血液の流れは遮断され、やがて風船がしぼむように動脈瘤も消えていく。