戦後、日本の製造業は品質を重視する経営を推進し、高いグローバル競争力を実現して飛躍してきた。こうした日本の品質関連の取り組みを一貫して支えてきたのが「デミング賞」で知られる日本科学技術連盟(以下、日科技連)だ。ところが、自動車関連や電機分野でリコールが相次ぐ中、日本メーカーの品質が揺らいでいるとの指摘が目立っている。
 日経テクノロジーオンラインは、日科技連が主催する「第100回記念 品質管理シンポジウム」(2015年6月5~6日)が開催されるに当たり、日本の品質管理に携わってきたキーパーソンのインタビュー記事を掲載する。今回は、コマツ相談役で日科技連会長の坂根正弘氏のインタビューをお届けする。(聞き手は山崎良兵、吉田勝)

――最近、さまざまなトラブルが相次いでいることから、日本の製造業の品質は揺らいでいるという声が強まっています。日本メーカーの品質の現状をどう見ていますか。

坂根正弘氏
さかね まさひろ:コマツ相談役。1941年島根県出身。63年大阪市立大学工学部卒業後、コマツに入社。89年取締役。90年コマツドレッサーカンパニー(現コマツアメリカ)社長。2001年代表取締役社長、2007年代表取締役会長、2013年相談役。 撮影:栗原克己

坂根氏 私がコマツに入社した1963年当時、会社は生きるか死ぬかの瀬戸際にありました。資本自由化の流れを受けて外資の参入が始まり、建設機械ではキャタピラー三菱(現キャタピラージャパン)が誕生しました(編集部注:キャピタラー三菱は米建設機械大手のCaterpillar社と新三菱重工の折半出資の合弁会社だった)。Caterpillar社は当時何倍も規模が違う世界の建設機械の巨人で、「コマツは終わりだ」とまで言われていました。

 だからこそ必死になって彼ら以上のものを造ろうと考え、コマツは品質管理の手法を導入しました。当時は米国から全てを学ぼうという時代で、自動車を含めて日本は遅れていて、みんな必死になって勉強しました。その結果、当社を含めた日本メーカーの品質は大幅に向上しました。

 まさに品質がトップの一番の関心事項だった時代です。6月の日本科学技術連盟(以下、日科技連)の品質管理シンポジウムで登壇される(トヨタ自動車の名誉会長である)豊田章一郎さんは当時から活躍され、今でも品質管理に熱心と伺っています。この世代の経営者は誰もが品質を本当に重視していました。

経営トップは品質に最大の関心を払うべき

――経営トップが品質を第一に考えていたことが、日本の製造業の国際競争力を高めていったわけですね。

坂根氏 当時の日科技連のセミナーや大会などには、各社のトップが自ら出席するケースが目立っていました。私自身はコマツの社長時代から品質管理のセミナーなどに出始めて10年以上経ち、今は日科技連の会長ですが、隔世の感があります。

 本当にトップが出席しなくなりました。品質管理は経営トップではなく、下がもくもくとやるものだといった雰囲気になっていたら、問題だと思います。

 品質管理はかつては「TQC(Total Quality Control)」と呼んでいましたが、その後「TQM(Total Quality Management)」に変わっています。品質保証を指す「Quality Assurance」により近いと理解しています。企画や設計からものづくり(生産)、販売、サービスまで、全工程が品質保証にからんできます。品質管理は生産のイメージが強いのですが、設計からサービスまで全部が対象になり、トップ自らが関与することが重要です。