「出る杭」とは何か?

 と言っても、世の中には「出る杭」のスタンダードな定義がないので、読者にとってはきっと分かりづらい話になっている。なので、私なりに「出る杭」を定義すると、「出る杭」とは、人間を「部分最適を重んじる人間」と「全体最適を重んじる人間」に大別したときの、「全体最適を重んじる人間」となる。

 そして、部分最適を重んじることは、いわば人間の業(ごう)であるから、常に「部分最適を重んじる人間」は多数派で、「全体最適を重んじる人間」は少数派だ。だから、多数派とは異なる人間、すなわち普通ではない人間である「全体最適を重んじる人間」は、「変人」であり、私もそうである。

 ただし、「全体最適を重んじる人間」は、ただの変人ではない。近年、声高に叫ばれる「イノベーション」を「常識破りの変化」だとすると、常識という概して部分最適な考え方を軽んじるが故に、「全体最適を重んじる人間」はイノベーションを起こす。

 それに、少し哲学的な話になるが、本質とは、事物の普遍的な特徴であり、「それは何か」という問いに対する答え(=○○という普遍的な特徴を持つもの)でもある。また、人間とは、自らが重んじる事物の本質を知ろうとし、それを知るために知るべき事物の本質も知ろうとするものだ。

 そして、全体最適の本質を知るために知るべき事物は、部分最適の本質を知るために知るべき事物よりはるかに多い。例えば、企業、顧客、従業員、サプライヤー、投資家などのステークホルダーによって形成されるビジネス・コミュニティー全体にとっての最適の本質を知るために知るべき事物は、企業の一部門にとってのそれを知るために知るべき事物よりはるかに多いように、である。

 だから、「全体最適を重んじる人間」は、簡単に言えば、多くの本質を知ろうとする人間なのだ。また、本質とは「それは何か」という問いに対する答えでもある以上、多くの本質を知ろうとすることは、現実を的確に把握しようとすることに他ならない。そして、常に現実への的確な対応を迫られるビジネスにおいて、現実を的確に把握しようとする人間は、そうでない人間よりも良きリーダーである。

 つまり、「全体最適を重んじる人間」、すなわち「出る杭」は、イノベーターであり、良きリーダーなのだ。だからこそ、かつてのソニーは「出る杭」を求めたし、安藤さん、中鉢さんも「出る杭」を高く評価していたのだと思う。

 これは、日経ものづくりに連載中の『「出る杭」を育てる時代』でも述べたが、井深さんと盛田さんは「出る杭」だったように、ソニーの永遠のライバルとされたパナソニックの創始者である松下幸之助さん、ソニーと並んで先駆者精神に溢れる企業とされたホンダの創始者である本田宗一郎さんもそうだったと思う。

 近年では、アップルの創始者であり、アップルをソニーのような会社にしたいと言っていたスティーブ・ジョブズも、そうだろう。