筆者は、日立製作所の開発部門に所属していた1998年に将来の大型液晶テレビ用の新規要素技術開発を命ぜられた。当時、日立では、まだCRT(Cathode Ray Tube)の生産比率が高かった。IPS方式も含めて、液晶パネルの生産は開始していたが、コストや画質から見て「まだまだ:という目で見られていた。画質面では、ピーク輝度、動画性能、色再現性の不足が指摘されていたためである。特にテレビ用では、輝度仕様がモニターの2倍にもなるため、開口率や透過率をどのように引き上げていくか、それが早速の課題となった。バックライト(BL:Back Light)のコスト比率も高かった。

 当時のアクティブマトリクス駆動液晶ディスプレー(AMLCD:Active-Matrix Liquid Crystal Display)の状況を日経BP社発行の『フラットパネル・ディスプレイ1999』1)で振り返ってみよう。16型QSXGA(2560×2048画素)、20.8型QXGA(2560×1536画素)と現在でも高精細品として通用する200ppi(pixel per inch)を超えるパネルをはじめとして、15型XGA、18.1型SXGA、19型SXGAと豊富な液晶モニター用パネルが紹介されている。

 このフラットパネル・ディスプレイ1999で液晶モニター用パネルの紹介が中心となった背景には、国内の液晶パネルメーカーがノートパソコン(ノートPC)以外の用途を開拓するため、さらなる大型化を目指し、液晶モニター比率を高めようとする動きがあった。ノートPC用のTNパネルの画面サイズは12.1型が中心となり、間もなく立ち上げ予定の台湾の製造ラインでの生産が計画されていた。

 一方、AMLCDのテレビ用パネルに関しては、「将来は事業に取り組みたい」とパネルメーカートップが発言している記事は見られるが、テレビ特化の技術解説は見当たらない。FPD(Flat-Panel Display)としては、むしろ25型や40型という大型モニター用としてデビューしたPDP(Plasma Display Panel)のパネルメーカーがテレビ転用への強い意欲を示していた。液晶パネルメーカーでは、「次の展開は大型テレビ市場への進出である」という意識はあったが、足元のノートPC用に加えてモニター用を収益軌道に乗せることが重要と考えていたと推察する。

 このような状況下で、筆者らは要素技術開発の調査を始めたのだが、端緒において開口率、透過率の向上以外にも大きなハードルがあることに衝撃を受けた。それは、T. Kurita氏らの動画性能に関するホールド型表示での“動画ぼやけ”原理の発表である2)

 「CRTはインパルス型表示(映像期間と消灯期間を交互に表示する)なので動画ぼやけが少ないが、液晶は常に点灯しているホールド型なので応答をいくら速くしても動画がぼやけてしまう。改善には黒画像を挿入するか(BL消灯でも良い)、あるいは表示の周波数を上げ、途中に動き補償用の新規な画像を追加する必要がある」。

 「静止画でも輝度が足らない、開口率が低い」と考えていた筆者らにとって、動画ぼやけの一連の報告は衝撃だった。「大型液晶テレビの画質向上の難易度は絶望的に高い」と誰もが感じた。ただし、その後、液晶テレビに挑戦する技術者が果敢にこれに取り組んだ3)。これらの動画改善技術は、その後セットメーカーにより液晶テレビの商品に取り込まれていくことになる4)。ともかく、筆者らの取り組むべき要素技術開発テーマは、開口率・透過率の向上と動画ぼやけの改善に決まった。