間もなく発行となる『日経ものづくり』2015年4月号のコラム「事故は語る」において、2013年9月にJR函館本線の大沼駅構内で起きた貨物列車の脱線事故を取り上げました。直接の原因は、レールが整備基準値を超えて大きく変形していたことです。しかし、事故の調査に当たった運輸安全委員会は、そうした状況を放置していた保守体制にこそ問題があったと指摘しています。

 この事故について、鉄道や機械安全に詳しい佐藤R&D代表取締役の佐藤国仁氏に見解を伺いました。その詳細は日経ものづくり2015年4月号で確かめていただくとして、ここでは3つほど重要な論点を紹介します。

 1つめは、「事故が社会に誤った形で記憶されている恐れがあること」です。事故発生直後、脱線現場のレールを管理している北海道旅客鉄道(JR北海道)について「修繕費が減っている」「人手が足りない」といった報道が盛んに流れたことで、「経営基盤が強固とはいえないJR北海道だけに、自社の経営努力や現場の創意工夫だけではいかんともしがたい事情があるのだろう」という見方が広がりました。2015年1月に運輸安全委員会の調査報告書が出るまでは、佐藤氏もそう思い込んでいたそうです。

 ところが、調査報告書によれば、ここ数年の修繕費は横ばいで推移しており、人手が足りないという状況でもありませんでした。脱線現場のレールが整備基準値を超えて変形しているというデータがあったにもかかわらず、本社も現場もレールの整備計画に反映していなかっただけなのです。

 もちろん、JR北海道の修繕費予算は国鉄民営化分割の時代に比べると大幅に減っており、長期的に見れば経営基盤の構造的な問題を抱えていることは間違いありません。とはいえ、何でもかんでも経営基盤の問題で片付けてしまえば、事故の真因を見誤り、同じような事故を再発させてしまう恐れがあります。だからこそ、「事故の社会的記憶を正しく残すことが重要」と佐藤氏は指摘します。

 2つめは、脱線直後にブレーキシステムのフェイルセーフ機構が動作し、被害を最小限にとどめたことです。この事故では、脱線(落輪)してからしばらくして異常に気付いた運転士がブレーキ操作を行い、その1秒後に列車が停止しました。しかし、実際には落輪によってブレーキシステムの配管が破損し、エア漏れが発生したことから、ブレーキシステムのフェイルセーフ機構が作動していました。そのため、被害を最小限に食い止められたのです。

脱線した列車のブレーキシステム
車両全体に引き回しているブレーキ管BPや各車両に設けている定圧空気タンク(CR)に異常が起きた場合、BPとCRに圧力差が生じて三圧力式制御弁が作動し、供給空気タンク(SR)および応荷重弁の圧縮空気がブレーキダイヤフラムに送られ、自動で制動する。
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 こうしたフェイルセーフ機構は鉄道車両の技術者が長年にわたって築き上げてきたものであり、今回のようにきちんと動作したことは高く評価されるべきだと佐藤氏は言います。一方で、フェイルセーフの考え方が十分に取り入れられていない分野として、同氏は原子力発電所を挙げます

 佐藤氏をはじめ安全工学の専門家が原発について議論するイベント「安全工学からみた原発 安全の基本原理がなぜ成立しないのか」が2015年3月29日に開催されます。

 3つめは、運輸安全委員会による調査報告書の取り扱いに関する問題です。運輸安全委員会による鉄道事故の調査内容について、佐藤氏はその内容を基本的に高く評価しています(例外はJR福知山線脱線事故)。ただし、この調査報告書が裁判資料として使われることを明確に排除していないため、当事者から正しい証言が得られない可能性を同氏は懸念しています。

 原因究明・再発防止と責任追及のどちらを重視するかは、人によって見解が分かれるでしょう。この両者は、厳密にはトレードオフというわけではなく、もっとうまく両立させることができるはずです。しかし、現状の特に刑事裁判のあり方では、原因究明・再発防止が阻害される恐れがあります。原因究明・再発防止のためには、運輸安全委員会の調査報告書が裁判資料として使われることを明確に排除すべきであるというのが佐藤氏の見解です。