「MediaTekの強さの源泉とその波及効果」と題して、MediaTek社の強みの源泉を考察し、そこから学べることを抽出することを目的としたSCR大喜利。今回の回答者は、微細加工研究所の湯之上 隆氏である。

湯之上 隆(ゆのがみ たかし)
微細加工研究所 所長
湯之上隆(ゆのがみ たかし) 日立製作所やエルピーダメモリなどで半導体技術者を16年経験した後、同志社大学で半導体産業の社会科学研究に取り組む。現在は微細加工研究所の所長としてコンサルタント、講演、雑誌・新聞への寄稿を続ける。著書に『日本半導体敗戦』(光文社)、『電機・半導体大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北-零戦・半導体・テレビ-』(文書新書)。趣味はSCUBA Diving(インストラクター)とヨガ。

【質問1】MediaTek社の強さの源泉はどこにあり、日本の半導体メーカーは、同社からどのようなことが学べるでしょうか?
【回答】遅れて市場参入しリスクを軽減、ミドルからローエンドを攻めてボリュームゾーンを支配

【質問2】MediaTek社が強みを持っている手法は、スマートフォン以外の機器開発の方法、電子業界の構造にどのような波及効果がありますか?
【回答】革新的な製品を世界中に広めることに大きな効果がある

【質問3】MediaTek社のビジネスの方法に死角があるとすれば、どのような部分でしょうか?
【回答】パラダイムシフトが起きた時、大きな後れを取る危険がある

【質問1の回答】遅れて市場参入しリスクを軽減、ミドルからローエンドを攻めてボリュームゾーンを支配

 MediaTek社は、推奨部品を掲載したレファレンス(設計図)を添付し、Qualcomm社の約半額で、スマートフォン端末メーカーにアプリケーションプロセッサー(AP)を提供した。その結果、世界最大のスマホ市場となった中国では、「靴屋でも明日からスマホメーカーになれる」と言われ、100米ドルスマホなどの低価格スマホが流行した。

 この背後には、「遅れて市場に参入する」、「ミドルからローエンドを攻略する」というMediaTek社のユニークな戦略があった。一見すると非常識に思えるこの戦略は、Stanford大学の社会学者Everett M. Rogers教授によって提唱された「イノベーションの普及理論」から考えると、極めて合理的である。

Rogersの新製品の普及理論


Rogers氏は、あらゆるものの普及は、S字曲線を描くこと、新製品の購買層は5つに分類されることを示した(図1)。

図1 Rogersのイノベーションの普及理論

 まず、新しいモノ好きのイノベーター(2.5%)が買い、次にアーリーアダプター(13.5%)が購入する。アーリーアダプター層は他の消費層への影響力が高く、それ故オピニオンリーダーとも呼ばれ、商品普及への大きな鍵を握っている。イノベーターとアーリーアダプターの合計16%の壁を突破すると、拡大普及期に入る。16%の壁のことをキャズムという。新製品の多くがこのキャズムを超えられずに消滅していく。キャズムの壁を越えた場合は、アーリーマジョリティ(34%)が購入し、その後、レイトマジョリティ(34%)に移行する。最後に買うのがラガード(16%)である。

わざと遅れて市場に参入


 このような新製品の普及過程において、Qualcomm社などは、イノベーターやアーリーアダプターの時期から市場に参入し、新技術や新製品の開発に邁(まい)進してきた。しかし、MediaTek社は、あえてこの時期には参入しない。新製品の普及が、キャズムの壁を越え、アーリーマジョリティからレイトマジョリティの段階に入った辺りで市場に参入する。なぜなら、イノベーターやアーリーアダプター辺りで参入すると、キャズムの壁を越えられず、それまでの苦労がすべて水の泡になる可能性があるからだ。

 また、アーリーマジョリティまでは、技術革新が次々と生じる。したがって、早期に参入すると、相当な開発費がかかる。しかし、遅れて市場参入すれば技術がある程度飽和しており、開発費はあまりかからない。それゆえMediaTek社は、わざと遅れて市場に参入するのである。その際、コストパフォーマンス(つまり安さ)で他社との差異化を図る。MediaTek社が中国市場において、100米ドルスマホで躍進し始めたのには、このような戦略があった。